第165回芥川賞受賞者インタビュー 李琴峰「私をカテゴライズしないで」
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第165回芥川賞受賞者インタビュー 李琴峰「私をカテゴライズしないで」

息苦しい“枠”の外側を書き続けたい。/文・李琴峰(作家)

李さん③

李さん

〈授賞のことば〉

デビュー時に書いた「受賞のことば」を読み返すと、「不条理に押し付けられた人間としての生」とある。それがまさに私を縛りつけ、痛めつけ、踏み躙り、絶望の淵に突き落としては筆を握るようけしかけるものの正体と思えてならない。

言葉は生かしも殺しもするし、文学は希望にも絶望にもなる。絶望の淵にいる人にとって、文学は救いの一点の光であってほしい。出生から永眠まで、自分自身では到底どうしようもない多くの物事に対して、精一杯抗う力になってほしい。経済的な苦境や疫病の拡散に文学は無力かもしれないが、暗闇に沈む魂に明かりを灯すことができれば、それは道標となろう。私はこうやって生き延びてきた。これからも、何とか生き延びてみたいと思う。

〈略 歴〉
1989年生まれ。2013年、台湾大学卒業後に来日。17年「独舞」で第60回群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。

授賞の電話を2回拒否

――一昨年の「5つ数えれば三日月が」に続き、今回は2度目のノミネートでした。受賞の喜びもひとしおだったのではないでしょうか。

李 受賞の電話を取ったときは割と冷静だったと思います。というのも、実は文藝春秋のトイレにいたんです。コロナ下、大人数で集まるのも憚られて、今回は担当編集の方々と3人、会議室で結果を待っていました。台湾で何を勉強していたか、とか海外に行きたいね、とかとりとめのない雑談をしていて。それなのに偶然席を立ってトイレへ行ったタイミングで携帯が鳴ったので、「これはちょっと出られないな」と、2回通話を拒否しました(笑)。でも3回目がかかってきたんですよ。それでなんだか予感がしました。だって、もし落選の知らせだったら先にほかの人にかけますもんね。

――その後は、真っ先にご家族に?

李 私の家族は台湾にいて、みんなあまり日本のことを知らないので、「芥川賞ってなんぞや?」って感じです。だから「受賞したよ」とすぐ伝えるのではなく、台湾でネット記事になってから、そのURLは送りました。候補になった時は伝えていませんでした。

――李さんは台湾のご出身で、日本語を母語としない作家としては、2008年の楊逸(ヤンイー)さん以来2人目の芥川賞受賞です。デビューしてから一貫して日本語での作品を発表し続けていますね。

李 日本語で書くことは大変ですが、私にとっては自然なことです。2011年、早稲田大学に留学してから1度台湾へ戻りましたが、13年にまた来日し大学院へ入りました。修了後もこちらで就職し、独立して今日までの8年間、ずっと日本で日本語を使って生活しているので。

――台湾にいる頃から日本語にはなじみがあったのですか?

李 日本のアニメや漫画は幼い頃から身近にありました。それこそ5、6歳の頃、テレビをつければ『セーラームーン』や『名探偵コナン』が流れていて、当時は中国語の吹き替えでしたけどよく観ていました。

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五十音でコナンが歌える

――そもそも日本語を学ぼうと思ったきっかけは何だったのでしょう。

李 うーん、よく聞かれるのですが、きっかけは特にないんですよ。14、5歳のとき、ある日突然、ちょっとやってみようと思ったのです。とはいえ、当時は台湾の田舎に住んでいたので教えてくれる先生がいない。だから自分で単語帳や文法の参考書を買ってきて一から勉強しました。よく観ていたコナンや『カードキャプターさくら』などのアニメを、吹き替えではなく日本語で観始めたのもその頃だったかな。

学び始めてみると、日本語はすごく便利で勉強しやすいと思いました。五十音さえ覚えれば、とりあえず何でも発音できる。それまで私は中国語と英語しか知りませんでしたが、中国語の漢字は無数にあって、基本的には習わないと発音がわからないし、英語も見たままのアルファベットとはちがう不規則な発音が多いですよね。どちらも字面だけでは正しい発音はわかりません。でも、日本語は五十音がわかれば歌が歌えます。それがモチベーションになって、五十音を1ヶ月くらいで覚えました。

――どんな歌を歌っていたんですか?

李 そうですねえ……劇場版コナン『迷宮の十字路(クロスロード)』の主題歌で、倉木麻衣さんの「Time after time~花舞う街で~」とか。あとは『ポケットモンスター』のオープニングとかね。ポケモンはカタカナを覚えるのにもぴったりでした。フリーザー、サンダー、ミュウにミュウツー。英語に由来しているから覚えやすくて、カタカナの形と発音が自然と自分の中で組み合わさっていきました。

李氏①

ポケモンでカタカナを覚えた

――日本の小説もよく読んでいたのですか?

李 そういえば、初めて日本の作家と意識して読んだのが芥川龍之介でした。これ、インタビュー用に言っているわけじゃないですよ(笑)。高校の教科書に中国語の「蜘蛛の糸」が載っていたのです。先生が「羅生門」とか「藪の中」をプリントにして配ってくれて、「あ、これおもしろいな」と、そこから自分で短編集を買って読むようになりました。

あるとき日本に遊びに行って、国語便覧を買ったんです。で、パラパラ見ていたら太宰治の年譜を見つけて「ちょっと待って、6回も自殺しようとしてるの?」とものすごく驚いて興味を持ったのを覚えています。

――では、初めて小説を書いたのも日本語ですか。

李 いえいえ、最初は中国語で書いていました。それも中学2年生のとき。瓊瑤(けいよう)さんという台湾ですごく有名な恋愛小説家の本を読んでいて、その影響か、ちょっと青春ぽい恋愛小説を書くようになりました。数日で原稿用紙6~7枚くらい。長いのも書いたりしましたが、下手くそで。今も下手くそかもしれないけど、当時はもっと(笑)。誰にも見せず1人で書いていました。

本を読むこと自体は小さい頃から好きで、文学の原初的な体験は、やはり台湾文学や中国の古典文学です。小学生の頃に『紅楼夢』とか『水滸伝』を読んでいました。ただ、これは原書で読むのはめっちゃ難しい。それで、子ども向けに書き直されたものを読んでいましたね。ほかにも家にあった子ども向けの世界文学全集を読み漁っていました。

李氏②

芥川龍之介

空から降ってきた日本語

――デビューまでは順調でしたか?

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