観月_修正

小説「観月 KANGETSU」#24 麻生幾

第24話 

参考人聴取(2) 

★前回の話はこちら
※本連載は第24話です。最初から読む方はこちら。

「島津さん」

 正木は身を乗り出した。      

「現在、大分県警では、安全情報メールちゅうもんぅ発信しちまして、不審者情報があれば、登録されている市民の皆さんにすぐにメール送り、身の安全を図ってもらうことにしちょんのや」

 七海は、正木が何を言いたいのかわからなかった。

「やけん、もしそん時の男が性犯罪関係やったとすりゃ、あんたは、ようてん(よくても)、他の誰かが被害に遭うたかんしれん」

 自分は、通報しなかったことを責められているんだ、と七海はようやく理解した。

「わかりました。今後は気をつけます」

 七海は当たり障りのない言葉を返した。

「まっ、それはともかく」

 正木が話題を変えた。

「熊坂洋平さんが現れた時のことを詳しゅう聴かせちくりい」

「詳しくたって……もうほんの一瞬んことで――」

 七海は言い淀んだ。

「それでも結構や。どうか詳しゅう」

 正木が強引に促した。

「私が気づいたのは、涼の車が、いえ、首藤(しゅとう)涼刑事さんが乗られてきたパトカーのヘッドライトで、襲ってきた男の上にのし掛かっちょん熊坂さんの顔が目に入った、それだけです。それも一瞬のことやったんです」

「その後は?」

 正木が間を与えないで質問した。

「男は、熊坂さんをはね除けて逃げて行きました」

「熊坂さんは?」

「……」

 七海は記憶を辿った。しかし、その時もそうだったが、熊坂さんのことについて、それ以上、覚えていることはなかった。

「思わず首藤刑事さんに駆け寄りましたので、しばらく熊坂さんのことに注意がいかなく、気がつくと、いつん間にか熊坂さんの姿は見えんごつなっちょったんです」

 七海に向かって小刻みに頷いた正木は、パソコンを使う男を振り返って自分の椅子を近づけ、何事かを囁いた。

 七海の前に戻ってきた正木は、再び七海の瞳を凝視した。

「もう少しだけお聞きしてえことがあるんや」

 正木が顔を近づけた。

 七海は思わず仰け反った。
 
 しかし正木は構わず続けた。

「熊坂さんと、あんた方ご家族とん関係についち、お聴かせくりい」

「私はまだ小さかったので、最初の頃のことはよう知りません。ただ、母に聞いたところ、父が病死したすぐ後くらいに、杵築に来られてパン店を開業され、同じ頃に、私たちとも家族ぐるみんお付き合いが始まったようです」

「お父さんが亡くなられたには、23年前やったね。そうすると、熊坂さんも同じく23年前からちゅうわけじゃな?」

 正木が念押しするように訊いた。

「そうですね……」

 戸惑いがちに頷いてから七海はそう言った。

 それもこれも、妙なわだかまりを覚えたからだ。

 2日前に、母に、熊坂さんとのお付き合いについて聞いた時にはそんな感触を抱かなかった。しかし、あらためて正木からそう言われると、その23年前、という時間が一致することが偶然とは思えないような気がしてきたのだ。

 しかしだからと言って、何がどう繋がるのか、ハッキリしたことは脳裡に何も浮かばなかった。

「島津さん、島津さん!」

 ハッとしてそこへ顔を向けると、正木が怪訝な表情をしていた。

「すみません、ちょっと考えごとをしてしまいまして。で、何か?」

 七海は苦笑して誤魔化した。

「熊坂さんとご家族ぐるみんお付き合いさるることになったキッカケについち、ご存じこたあねえか、そんことを伺うたいんや」

 正木は硬い口調で言った。

 七海は頭を振った。

「私は知りません」

「では、お母さんなご存じやと?」

 正木が急いで訊いた。

(続く)
★第25話を読む。

■麻生幾(あそう・いく) 大阪府生まれ。作家。1996年、政府の危機管理の欠陥を衝いたノンフィクション『情報、官邸に達せず』を刊行。日本の危機管理をめぐる“真実”を小説で描いている。オウム事件など内外の事件を取材したノンフィクション作品も。主な小説に、『宣戦布告』『ZERO』『ケース・オフィサー』『外事警察』『奪還』など。「宣戦布告」「外事警察」などが、映画化、ドラマ化され反響を呼んだ。ノンフィクション作品に、『極秘捜査-警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」-』『前へ!-東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』などがある。※この連載は、毎週日曜と不定期平日に配信します。
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