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コロナ禍の保健室に養護教諭の悲鳴が響く――高校生の自殺がなぜ増えているのか?

変わってしまった日常での先行き不安が高校生を追いつめている。/文・秋山千佳(ジャーナリスト)

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▶2月中旬に文科省が示したデータによると、昨年自殺した小中高校生は479人(前年比140人増)で、統計の残る1980年以降で最多となった。そのうち高校生は329人(同92人増)と7割近くを占める
▶コロナ禍で追い詰められる高校生には2つの傾向がある。1つ目の傾向は、家庭不和を抱えた子たち、2つ目の傾向は、もともと情緒が不安定だった子たちだ
▶人と会う機会が制限され、孤立感が深まりやすい状況にある。そんな中、保健室を最後の拠り所として何とか生きる子がいる

休校期間の逃げ場がない

「この1年で、命に関わるような案件が急増しました。自殺未遂だけで4件起こっていて、同時並行で緊急対応しているような状況です」

大阪府内の私立高校の「保健室の先生」である養護教諭はこう語り出した。

特にショックだったというのが、ある女子生徒のケースだ。真面目で物静かな子で、以前は欠席や遅刻もなく、保健室に来ることもなかった。

しかし彼女は昨年8月末、自殺サイトで知り合った男性と一緒に死のうと家出した。新学期になっても登校してこなかったことから学校が家出を把握し、本人と携帯電話で連絡がついたことから事態が発覚した。幸い、自殺サイトで出会った男性とは別の遠方の男性の元へ逃げていたところを無事保護された。

しかし、女子生徒は再び登校するようになり1ヶ月ほどして、「大変なことが起こった」と保健室にやってきた。養護教諭が振り返る。

「妊娠していることがわかったのです。相手は自殺サイトで知り合った男性でした。男性は最初から死ぬ気がなく、性暴力が目的だったようです。その男性の行方はわかりません」

そもそも彼女が自殺しようとしたのは、精神疾患を抱えるシングルマザーの母親が原因だった。

新型コロナウイルスの影響で、2020年度の全国の小中高校は長期休校から始まり、6月から授業を再開した学校が大半だった。休校期間中をはじめ自粛生活で家にいる時間が増えたことで、彼女は母親からの逃げ場がないことに疲れて「自分の存在を消したい」と思いつめたのだと養護教諭に打ち明けた。

生徒の妊娠は養護教諭から母親にも伝えたが、「中絶費用を払えない」と突き放された。結局、養護教諭が支援団体の協力を取り付けて費用を工面した。

養護教諭はもどかしそうに話す。

「彼女は子ども家庭センター(児童相談所)に一時保護されたものの、すぐ家に戻されて、自殺を考えて家出したときと生活環境が変わっていません。同様に母親との関係悪化で飛び降りの自殺未遂をした子がいるのですが、センターからは『虐待にはあたらないから見守り対象にもなりません』と言われてしまいました」

公的支援が得られないため、養護教諭が生徒を支える状況が続いているという。

この養護教諭は他の私立校の養護教諭30人ほどと交流している実感として「どこの学校でも命に関わるようなことが起こっているし、今後も起こりうると感じます」と語る。

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追いつめられる生徒たち

コロナ禍で高校生の自殺が増えている。2月中旬に文科省が示したデータによると、昨年自殺した小中高校生は479人(前年比140人増)で、統計の残る1980年以降で最多となった。そのうち高校生は329人(同92人増)と7割近くを占める。

自殺のような命の危機をはじめ、問題を抱える児童生徒が日頃から集まってくる場所がある。保健室だ。子どもにとっては大人から成績で評価されず、どんな話も否定されることがない貴重な場であり、子どもたちは心や体が苦しくなると、安らぎを求めて保健室を訪れる。そして養護教諭に対し、「お腹が痛い」「熱っぽい」といった体調不良を訴えたり、雑談したりする。

養護教諭は子どもの心身両面の健康を支える日本独自の職種であり、子どもたちの何気ない話を端緒に、彼らが誰にも言えないような悩みを抱えていないかじっくり探っていく。

筆者は保健室の機能が時代とともに重要性を増していると考え、2010年から全国の小中高校の保健室を取材してきた。

今回、子どもの自殺が増えた背景を探るために、各地の高校の養護教諭13人と一般教員一人(いずれも女性)を取材し、計14校の実情を聞いた。すると、この1年で自校の生徒・元生徒が自殺したケースが3件あったのをはじめ、自殺未遂や虐待など、コロナ禍に追い詰められる子どもたちの状況が見えてきた。

「つい最近、保健室によく来る女子生徒から、家族に性的虐待を受けているという告白を受けたばかりなんです」

公立高校の養護教諭は、声を落としてそう言った。

女子生徒は休校明けの夏前から遅刻が目立ち、夜の街をふらつく“非行”が原因と学校では見られていた。

冬になると、彼女は「しんどい」という曖昧な体調不良で保健室にたびたび来室するようになった。そしてある日、養護教諭に対して「先生、実は」と切り出した。

家族が在宅勤務をしていて、2人きりになると、体を触ったり触らせられたりする。それを避けるためには、他の家族が帰宅するまで外で時間をつぶすしかないんだ――。そんな話をぽつりぽつりと明かした。

養護教諭は「だからまっすぐ帰りたくなかったんだね」と彼女をいたわり、本人の了解を得て校長などに報告。児童相談所へ通告して生徒は保護され、家族から離れた場所で落ち着いた生活を始めた。

養護教諭は「コロナが恨めしい」と語る。休校明けからしばらくは文科省のマニュアルに基づき、体調不良者はすぐに帰宅させるなど、平常時のように保健室で生徒の話を聞くことができなくなっていたからだ。養護教諭の裁量である程度柔軟に生徒を受け入れられるようになったのは、10月頃になってからだった。

「彼女は不定愁訴での来室でしたが、じっくり話を聞いたことで、非行の背景に性的虐待があることがわかりました。コロナによって在宅時間が長くなった中で、彼女がずっと怯えながら過ごしていたのだろうと思うと胸が痛みます」

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「家庭不和」と「情緒不安定」

あるベテラン養護教諭は、「コロナ禍で追い詰められる高校生には2つの傾向がある」と教えてくれた。この傾向は公立私立問わず、また学力の高低も関係なく共通しているという。聞けば、筆者の取材実感とも合致するものだった。

1つ目の傾向は、家庭不和を抱えた子たちだ。

もともと家庭に難があった子も、コロナ以前は学校や友人関係、アルバイト先など逃げ場があった。ところが学校が長期休校となり、その後もステイホームが奨励されている状況が、子どもたちの逃げ場をなくす結果になっているというのだ。

親子関係に限らない。難関校として知られる私立高校の養護教諭は「巣ごもり生活で両親の不仲の板挟みになって、家にいるのが苦しいと保健室で話す子が多くなりました」と証言する。別の私立高校でも、自粛生活で両親の仲が悪化するのを目の当たりにするうちに摂食障害になり、電車に乗る体力さえなくなって登校できなくなった女子生徒がいた。

2つ目の傾向は、もともと情緒が不安定だった子たちだ。

先の難関私立高校では、女子生徒が校内で薬を過剰摂取し、救急搬送される事件が起こった。いわゆるオーバードーズだ。養護教諭は語る。

「以前から教室に入りにくい子で、病院で抗不安薬を処方してもらっていました。その薬でオーバードーズしたのを保健室でキャッチしたのです。コロナで将来が見通せず不安が止まらなくなって、それを鎮めようと衝動的に飲んでしまったようです」

オーバードーズは取材した複数の学校で起こっており、市販薬の致死量をインターネットで調べてから相当量を飲んだケースもあった。また、「精神疾患があり、コロナの恐怖で1年間は登校しないと宣言した生徒が数人いる」(首都圏の公立通信制高校の養護教諭)、「発達に課題のある子で『自分も感染して死ぬのではないか』と必要以上に不安が大きくなっている子が多い」(大阪府立高校の養護教諭)という声もあった。

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コロナがなかったら……

ただ、以前は安定した高校生活を送っていた子であっても、コロナ禍の漠然とした不安に呑まれるケースは続出している。直ちに命に関わるわけではなくとも、彼らの人生に与える影響は深刻だ。

ある私立高校では、学年トップの成績で難関大学を目指していた3年生男子が、休校明けから不登校になった。同校の養護教諭によると「なんだか気持ちがプツッと切れてしまった」といい、インターネット依存の生活に陥っていた。結局、大学受験はできず、高校卒業が危ういところまで追い込まれた。

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