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船橋洋一の新世界地政学 コロナ危機後の国際秩序を構想せよ

今、世界では何が起きているのか? ジャーナリストの船橋洋一さんが最新の国際情勢を読み解きます。

コロナ・ウイルスをめぐる戦いは、国際間の通常の戦争とは異なる。敵はウイルスであり、人間ではない。国家でもない。本来であれば、すべての国が手を携えて共通の敵に立ち向かうときである。

しかし、いま世界はそのような状況にはない。米中対立は修復不可能なほど激化している。世界中がマスクと人工呼吸器の奪い合いを演じている。グローバル・サプライチェーンは断絶し、各国とも医薬品はじめ戦略的な素材や部品の国家管理化を図りつつある。国連安全保障理事会は機能不全にあり、WHO(世界保健機関)は政治化し、信認を失っている。EU(欧州連合)は危機には役立たない機構であることを再び、露にした。サイバー空間はフェイクとディスインフォメーションに埋められ、そこでは中国とロシアが情報戦を仕掛けている。戦後の「自由で開かれた国際秩序(Liberal International Order=LIO)」は急激に瓦解しつつある。

コロナ・ウイルスとの戦いは、国々の興亡をかけた国際政治の新たな戦場である。そこでは、どの国が、どの社会が、こうしたレジリエンスが高いかのコンテストともなっている。今後、第2波、第3波が押し寄せる可能性もあり、勝敗はまだわからない。ウイルスは、社会的弱者に対してより獰猛である。欧米の経済、教育、健康の格差、社会分断、政治極分解、ポピュリズム、排外主義が社会を脆弱にしている。

その一方で、台湾、韓国、香港、シンガポールなどは今回、ウイルスに攻め入るスキを与えない巧みな攻防戦を展開している。危機を乗り切るのにデジタル技術を思い切って動員し、社会のレジリエンスを発揮している。政府に対する信任が欧米より高いことも重要な要素であるに違いない。

ウイルスを前に、先進国や開発途上国、自由民主主義体制対専制政治体制、西側対その他、といった従来の範疇はあまり役に立たない。最後の勝者は、犠牲者を最小限に抑え、経済社会活動、中でも雇用を最大限に保ち、国民が一定のルールの下で市民的権利をある程度犠牲にしながら一致団結して戦い抜いた国となるだろう。どんな体制も権威もそれに失敗すれば、正統性を毀損する。政治経済体制のモデルをめぐる競争は、民主主義推進外交のように外に対して自国のモデルの普遍性を誇示する「輸出競争力」型から、そのモデルを自国で使い、高いパフォーマンスを上げる実例を示す「内需競争力」型へと変わっていくだろう。

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