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ものづくりは人づくり 京都アニメーション復活への道

文・多根清史(評論家)

 2019年の7月、その事件は起きた。36人が死亡、被疑者を含む34人が負傷する大惨事(2019年10月現在)。京都アニメーション(以下京アニ)放火事件として記憶される一件だ。

 貴重な命が失われたと同時に、それは「アニメ業界にとって取り返しの付かない損失」とも受け止められた。アニメ制作会社の京アニやその作品に携わる人々は、日本の宝といえる重みを持っていたのだ。

 京アニは、決して大きなアニメ制作会社ではない。従業員数165人(公式サイト上の人数)、業界最大手の東映アニメーションの数分の1の規模だ。しかし、一作一作がビジネス的なヒットとともに、人々の心に大きなものを残してきた。

 たとえば2006年に発表された『涼宮ハルヒの憂鬱』はライトノベルが原作、かつ深夜枠。当初ほとんど注目を集めていなかったが、ちょうど勃興期にあった YouTube やニコニコ動画等の相乗効果もあって大ブームを巻き起こした。さらに『けいおん!』は、女子高生たちがバンドを組んで部活動を行う3年間を追ったもの。こちらも「アニメ人気から原作が注目を集めた」タイプだ。

 その後の『Free!』や『響け! ユーフォニアム』といった青春学園ものや2019年に映画も公開になった『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』にいたるまで共通しているのは、「ひたすら丁寧に作る」という真摯な姿勢だ。日常のささやかな出来事を通じ、主人公たちの心の動きや成長を描く。まるで小津安二郎映画のような趣きとの声もある。

 しかし、「現実にあるもの」を撮る実写とは違い、アニメは画面上のすべてが作り物だ。こと京アニがこだわりを持つ手描きアニメは、膨大な枚数の静止画を1枚ずつ、人の手で「描く」必要がある。

 そうした京アニ作画の丁寧さは、労働環境と密接に関わっている。ひとつには、早くからアニメーターを正社員などとして雇用してきたこと。アニメで食べていける人材を社内で育てることを目標として、安定した収入を保障したのだ。

 京アニの原点は、八田社長の妻・陽子さんが近所の主婦を集め、セルに色を塗る「仕上げ」を請け負ったこと。それだけに収入安定のほか、山田尚子監督をはじめ女性の活躍もめざましい。「ものづくりは人づくり」を実践してきたわけだ。

 そんな京アニのありかたは、現在のアニメ業界にまん延する“ブラック労働”をそのまま裏返したものと言える。

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