分断と対立の時代の政治入門

三浦瑠麗「分断と対立の時代の政治入門」 党派性のわなにのみ込まれた米メディア

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※本連載は第5回です。最初から読む方はこちら。

 日本で社会的価値観が党派性を形作らない理由は何だろうか、という問いで前回は終わりました。その理由に迫るうえで、一番良いやり方は総合的に社会的価値観、経済的価値観を点数化してからその分布を見るという方法です。

 回答者(N=2060)ごとに社会政策(縦軸)と経済政策(横軸)の価値観を点数付けし、プロットしていきます。そして、その人の自民党や立憲民主党に対する評価度合いを色分けすれば、いったいどの党がどの層を取っているのかを理解することができます。

 まずは、アメリカの事例を見てみましょう。本連載の第2回に取り上げたレポートを詳しく取り上げます。インターネットで8000人を対象にしたYouGovの調査をもとにした以下の分析には、面白い現象が現れています。

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*Democracy Fund, Voter Study Groupによる調査に基づくレポート、Lee Drutman, “Political Divisions in 2016 and Beyond: Tensions Between and Within the Two Parties,” June 2017,より許可を得て転載。

 赤はトランプ氏に投票した回答者、青はヒラリー・クリントン氏に投票した回答者です。アメリカの有権者を社会的価値観と経済的価値観という2つの物差しで測り、価値観の組み合わせを4つのカテゴリー(上のグラフの4つの象限)に分けた場合、それぞれの人数割合は、次のようになります。

・リベラル 44.6%:経済的価値観と社会的価値観においてともにリベラル
・ポピュリスト28.9%:経済的価値観においてリベラルだが社会的価値観において保守
・保守22.7%:経済的価値観と社会的価値観においてともに保守
・リバタリアン3.8%:経済的価値観において保守だが社会的価値観においてリベラル

 アメリカは移民の流入が激しく、マイノリティが増えているため、保守が日々相対的に減少しつつあります。2016年の大統領選時点で、保守と位置づけられる、大半がトランプ支持の人びとは22.7%しか存在しなかった。反対に、リベラルと位置づけられる、大半がヒラリー支持の人びとは44.6%もいます。普通に考えれば共和党には勝ち目がないはずです。

 しかし、経済政策はリベラルだが社会政策は保守志向という、「ポピュリスト」(調査レポートの表現)の層には回答者のうち28.9%が存在します。ここがまさに、トランプを支持した白人労働者の存在する象限であり、ブッシュ(子)元大統領が「職場にお弁当を持っていく人たち」と表現したブルーカラーの労働者でした。

 この「ポピュリスト」層は、自らの社会的価値観に沿って投票すれば共和党に、経済的価値観に沿って投票すれば民主党に票を投じることになります。大統領選ではとりわけ接戦州におけるこうした「ポピュリスト」層の動向がカギを握ります。だからこそ、共和党には保守的な社会的価値観を煽る動機が存在するのです。

 2016年の大統領選において、この層からトランプ氏が獲得した票は、横軸の中道左寄り=やや「大きな政府」を志向する層に集中しています。この層は、分配は望みますが、「ばらまき」を好みません。かつて、民主党のクリントン元大統領は「Welfare to Work」(福祉から労働へ)という概念を打ち出し、就労支援と福祉を組み合わせて、福祉のみに頼る人を減らそうとしました。そうした自立支援策を支持した層は、このあたりに存在すると考えられます。

 民主党が、もしも経済政策でバラマキに振れすぎ、社会政策がリベラルに振れすぎたならば、この「ポピュリスト」の票を失います。そもそも、44.6%もいるはずのリベラルに多く含まれるマイノリティは、白人よりも投票率が低く、放っておいても投票に行ってくれるわけではありません。勝つためには、民主党は彼らをしっかり投票に動員しなければいけないのです。

 要は、2016年の大統領選の接戦州で起きていたのはこういうことでした。よく目にする表現、「民主党は多様性などの問題に振りすぎた」「トランプ支持者は“嘆かわしい人びと”の集まり」。こういう言葉の裏には、上にあげたような価値観分布の問題があるということです。ふわっとした印象論ではなく、科学的に根拠を示すことで議論の説得力が増す。米国の識者の間でこの図が話題になったゆえんです。

 ここまで完全なデータとまでは言えなくとも、人びとは部分的には同じ材料を得ています。先ほどの、「嘆かわしい人びと」という表現は、ヒラリー氏が口にしたものでした。経済的には強者とまでは言えないのに共和党を応援し、保守的な社会的価値観を持つポピュリストを指してそう言いたい気持ちは分からないでもありません。けれども、フェアに物事を見れば、そうした白人労働者層の票を取ろうとしてきたのは民主党自身だったではないか、と指摘することができます。民主党に投票すればいい白人、共和党に投票すれば悪い白人、というダブルスタンダードはよろしくない、ということです。

 メディアから提供される分析は、どこか不完全なものです。「弁当を職場に持っていく白人労働者」が重要であるのならば、トランプ氏が掲げた中道の経済政策と保守的な社会的価値観の組み合わせに目が向くはずなのに、トランプ氏の経済政策が「富裕層優遇」「滅茶苦茶」としか評されなかったのは、メディア自身が党派性のわなにのみ込まれてしまっていたからでしょう。気を付けるべきは、党派的なものの見方を提供しているうちに、自分自身が他の角度から物事を見られなくなってしまうということです。似たようなサークルで同じような分析をくり返し交換し合っていたからこそ、見えなくなっていた部分があるのではないでしょうか。大統領選後の米メディアを見ていて、比較的若いコラムニストの幾人かに、これまでのこうしたメディアの姿勢への批判や反省が見られることには希望を抱きましたが。

 さて、2017年にこのレポートが出た後、アメリカで話題になったのは「ポピュリスト」の分析ではなくて、実は右下に存在する「リバタリアン」の分析の方でした。社会的にはリベラルで、経済は成長重視の「リバタリアン」が3.8%しかいない。この事実が、スターバックスの元会長やブルームバーグNY前市長が選挙に出ても勝ち目がないということを明白に示しているからです。

 私も、日本では「リバタリアン」の域に存在していますし、おそらく都会のビジネスパーソンの多くはそうでしょう。3.8%の衝撃がメディアに蔓延したのには同情を覚えました。

 では、日本はどうなのか。次回はいよいよ、日本の価値観分布を図示化します。

★次週に続く

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。


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