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【立花隆「知の巨人」の素顔】すべての仕事は立花氏の「死生観」に凝縮された|柳田邦男

私たちが見た「戦後最大のジャーナリスト」。/文・柳田邦男(ノンフィクション作家)

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柳田氏

「調査報道」の先駆者・確立者

立花隆氏が田中角栄研究とロッキード事件追及に注いだ時間は、実に十数年、その著作物は半端なものではなかった。一人の言論人による政治悪追及の表現活動が、権力者の座を揺るがし、金まみれの権力のリアルに対する人々の目を全開させるほど大きな影響を与えた例は、戦後史において他にはなかった。

立花氏は「調査報道」の先駆者・確立者として、また政治思想の右にも左にもぶれないで、真実究明と権力悪の告発に命がけで取り組んだジャーナリストかつ作家として、歴史にその名を刻まれるだろう。ノンフィクション・ジャンルで表現活動をしてきた同世代の作家として、私はそう確信する。

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立花氏

かつて日本海軍による真珠湾奇襲攻撃について、時の米大統領ルーズベルトは、かなり前からその危険性があるという極秘情報の報告を受けていたにもかかわらず、米国民の反日感情を煽るために、日本軍による騙し討ちで虚をつかれたのだと公言していた。戦後30年ほど経って、その虚言を秘密文書で暴露するなど日米戦史の内実を書き換えた戦史作家ジョン・トーランド氏は、そうした真相究明の仕事について、私のインタビューに対し、「歴史の扉を開く作業である」と語った。立花氏による田中角栄研究やその後の『日本共産党の研究』は、まさに政治学者もなし得なかった「歴史の扉を開く作業」だったと言えよう。

しかし、立花氏自身がそうした政治悪の告発を、自らの表現活動の頂点あるいは「存在証明」と位置づけていたかというと、そうではないのだ。長期にわたる田中角栄研究が終盤に入った頃、氏は全く異質な分野の仕事に取り組み始めた。宇宙飛行士が月面で神の啓示を受けて、帰還後伝道者になるなど、人間が宇宙を飛行したことによって人格や生き方がどう変わったかという人間ドラマの問題について、多くの飛行士に綿密なインタビューをすることによって考察した『宇宙からの帰還』を書いたのだ。その時期に、私は立花氏と長時間の対談をした。その中で立花氏は、本来やりたい仕事はこういう仕事だったのではないかという私の問いかけに、こう言ったのだ。

「あれ(田中角栄研究)こそ、やむを得ずやっている仕事でしてね。自分の人生の豊富な時間をずいぶんムダに使ったなという気がしてます」

そして、これからは、やりたいテーマを慎重に選んで10冊くらい書きたいと語った。もともと万般にわたる知識欲が旺盛で哲学的思考を身につけていた立花氏だから、低俗な政治家を相手に人生の大事な歳月を費やす仕事などにはうんざりしていたのだろう。私との対談でも、「あの人があんなにのさばっていなかったら、とっくに(追及を)やめてますよ」と言っていた。もっと人間存在や人間の心の営みや「生と死」の問題などの本質を科学的に探る仕事に取り組みたいと思っているのだろうと、私は推測して、その後の氏の執筆活動に注目してきた。

「死ぬのがこわくなくなった」

その後の30年余、立花氏の取材と執筆の密度の濃さは想像を絶するものだった。その代表的な作品は、上・下巻計約900頁に達する『臨死体験』だ。氏は、人が死に至るプロセスへの強い関心から、90年代になると、死にゆく時、どんな意識を経るのか、こわくないのか、といったことを究めようと、国内や世界各国の数多くの臨死体験者や研究者を探し歩き、実に深いインタビューを積み重ねた。そして、臨死体験の詳細な事実を明らかにするとともに、臨死体験なるものが今を生きるわれわれの生き方や死の迎え方にどのようなポジティブな意味を持つかを見出して報告をまとめたのだ。オカルト的な言説は排除して、信頼性のある臨死体験者の証言を丁寧に記述して、脳科学や精神医学的な視点からも分析を加えている。

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