見出し画像

【最終回】出口治明の歴史解説! 世界で活躍した日本の実業家に学べ

★前回の記事はこちら。
※本連載は第42回です。最初から読む方はこちら

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2020年8月のテーマは、「日本と世界」です。

【質問1】日本の実業家で世界的なスケールで活躍した人は誰でしょうか?

世界的なスケールで考えるならば、先ず岩崎弥太郎(1834〜1885)でしょうね。幕末から明治にかけての動乱の時代を生き抜いた実業家の代表格でしょう。変革の時代には、ビジネスで成功する人たちが数多く出ますからね。明治になると、それまでの江戸時代にあったようなビジネスへの縛りがなくなり、新しいビジネスが次々と勃興します。その中で一番の成功者が、土佐(高知)出身の岩崎弥太郎でした。同じ財閥でも三井、住友の両財閥は江戸時代からあったのに対して、岩崎弥太郎は一代で三菱の礎を築きました。

岩崎弥太郎は、身分が低いとはいえ武士の出身でした。最初は土佐藩の商いを扱う仕事から始め、人脈を築きます。何といっても、当時の物流の要であった海運に目をつけたのがよかった。この仕事はのちに九十九商会という会社になり、これがのちの三菱へと発展します。

弥太郎のビジネスの拡大には、戦争と深いかかわりがあったことを忘れてはいけません。台湾出兵(1874年)、西南戦争(1877年)という軍事行動の度に兵士や物資の輸送を行って三菱は大儲けをしたのです。

明治期の実業家といえば、新しいお札の顔となり、大河ドラマに登場する渋沢栄一(1840〜1931)もいますね。生涯で500以上の会社設立に関わったそうですが、岩崎弥太郎のように自ら財閥は築きませんでした。あちこちの実業家に「こんなことやったらええで」とアドバイスし、火をつけてまわる触媒のような人でした。個人的には「花咲かじいさん」のようなイメージを抱いています。

明治時代の実業家たちは、発想のスケールが大きくてとても魅力的です。日本が世界にむけて開かれたばかりの時期なので、グローバルな視点もあわせ持っていました。

日本では古代から、海を渡った人たちが大儲けしてきました。それは現代でも同じでしょう。いまはコロナ禍でヒト・モノ・カネの流れが少し停滞しているように見え、グローバリゼーションがまがり角を迎えているなどといった見方がありますが、はたしてどうでしょうか。僕はグローバリゼーションが止まるとは、とうてい思えません。世界に向けたビジネスのチャンスはこういうときだからこそ、ころがっているのかもしれません。

【質問2】日本は海外文化をうまく取り入れてきた一方、鎖国のように極端な排外主義に走ることがあります。これはどうしてなのでしょうか?

歴史の中で排外主義が勃興するのは、極論すれば指導者がアホだということに尽きます。国内の政治がうまくいかないときに、一番簡単な対処法が排外主義だからです。「この状況はあいつらのせいだ、けしからん」と批判の眼を国外にそらす。これは日本にかぎらず、危機に直面して国をまとめられない愚かな指導者の常套手段です。

経済不況に見舞われたときは「あいつらが儲けすぎている」、疫病が流行ったときは「あいつらが毒をまいた」と外国人を指差す。市民がヒステリー状態に陥っているのを利用し、スケープゴートを外につくることで自分たち指導者の無策をごまかすのです。

この講義でたびたび紹介したように、徳川幕府の老中首座だった阿部正弘(1819〜1857)は「まずは国を開き、経済的に豊かになってから軍備を増強する」というグランドデザインを描いた天才的な政治家でした。この開国・富国・強兵の三点セットがそろっているうちは、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦と日本はうまくいきました。しかしそこからのぼせ上がって、この優れたグランドデザインを忘れてしまいます。土台である開国を捨て、「富国強兵だけでもいけるやろ」と錯覚したのです。

現代における開国とは世界の国々と仲よくするという国際協調主義です。昭和前期の日本はその国際協調路線を捨てました。1931年の満洲事変以降、時々は協調路線に戻るものの1933年に国際連盟を脱退するなど、孤立化への道をひた走りました。ドイツやイタリアなど同じく世界で孤立する国と手を組みましたが、その結果は皆さんご存知の通りです。国土は焼け野原となりました。

戦後になると吉田茂(1878〜1967)が阿部正弘のグランドデザインを新しい形で再スタートさせます。まず開国、そして富国。強兵は日米安全保障条約(1951)、いわゆる日米安保で代替しました。

以後、90年代に入ってバブルが崩壊するまで、排外主義はまったくといっていいほど聞かれませんでした。それが90年代半ば以降、自動車や電機・電子といった日本の得意分野で近隣国に追い上げられ、ITやAIなど新しい経済の主戦場で日本が遅れをとるようになると、排外主義的な言動が増えてきました。排外主義が勃興するのは、たいてい経済状況が悪化して閉塞感が蔓延している時期です。

歴史学者のジョン・ルカーチは、著書『歴史学の将来』のなかで、愛郷心や愛国心は誰にでもあるけれど、それが劣等意識と不義の関係を結んだとき、排外的なナショナリズムが生まれると述べています。

近代の日本の歴史をみてもわかる通り、排外主義は国を滅ぼします。日本で排外主義が目立つように感じたら、阿部正弘の生み出したグランドデザインに立ち返るべきでしょう。

(連載第42回)

この連載は今回が最終回となります。今後、連載をまとめた書籍を刊行する予定です。長らくご愛読くださいましてありがとうございました。
■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。

「出口さんと一緒に新しい歴史書を作ろう!プロジェクト」が始動!
皆さんの質問が本になります。詳細は以下の画像をクリック!

文藝春秋digital出口


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください