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清華大学が最先端分野で世界一になった理由 野口悠紀雄「リープフロッグ」

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※本連載は第7回です。最初から読む方はこちら。

 中国の躍進ぶりは、キャッシュレス決済やeコマース、あるいはシェアリングエコノミーといった実務面だけのことではありません。基礎研究の分野においても、中国はいまや世界の最先端に躍り出ているのです。

 これも、リープフロッグによって生じたものだと考えることができます。

◇中国で質の高い論文が激増
 

 基礎研究分野における中国の躍進ぶりは、いくつかの指標によって見ることができます。

 まず論文数。

 日本の科学技術振興機構(JST)の最新の分析は、中国が発表する質の高い論文の数と研究領域が激増していることを指摘しています。

 ここで対象とされている領域は、物理、化学、生命科学、コンピュータ、材料などの151領域です。

 20年前には、中国が上位5位以内に入るのは2領域だけだったのですが、10年前に103領域に急増し、2017年には146領域に達しました。そのうち、数学、工学、材料などの71領域では、中国が首位となりました。

 なお、日本が5位以内となる領域は激減しています。20年前には83領域あったのですが、それが18領域に減少しました。3位以内は2領域のみです。

 AIやブロックチェーンなどの最先端の分野では、とくに中国の躍進ぶりが注目されます。

 中国のAI論文数は激増しており、上位10パーセント(引用された回数)に占める中国の比率が、2020年にはアメリカに並ぶと予測されています。

 日経新聞によれば、ブロックチェーンに関する中国企業の特許出願数が、アメリカの3倍に達しました(ブロックチェーン中国急伸)。

◇コンピュータサイエンスでは、清華大学が世界一

 大学のランキングでも、同様の傾向が見られます。

 イギリスの教育専門誌『Times Higher Education(THE)』が2019年9月に発表した2020年の「THE世界大学ランキング」によると、アジアのトップは中国の清華大学(世界23位)、第2位は北京大学(世界24 位)です。

 東京大学(世界36位)は、アジア第5位でした。

 世界の上位200校に入る大学数は、中国が7校であるのに対して、日本は、東京大学と京都大学の2校のみです。

 最先端の分野では、中国の躍進ぶりは、もっと顕著です。コンピュータサイエンスにおける大学のランキングを、『U.S. News & World Report』 誌が作成しています(Best Global Universities for Computer Science)。

 それによると、世界第1位は清華大学です。
 これに続いて、第6位の東南大学(Southeast University)、第7位の上海交通大学、第8位の華中科技大学 (Huazhong University of Science and Technology)が中国の大学です。

 つまり、コンピュータサイエンスの教育分野で、中国はすでにアメリカの大学を抜いてしまったわけです。

 なお、日本のトップである東京大学は、世界のランキングは134位です。

◇リープフロッグする中国の大学

 なぜこのような状況になるのでしょうか?
 
 中国政府が基礎科学の研究を重視して支援しており、巨額の資金を投入しているからだと説明されます。確かに、そうした事情はあるでしょう。

 しかし、それだけではないように思われます。
 これは私の想像ですが、ここでも、リープフロッグが生じているのではないでしょうか?

 つまり、伝統的な分野に縛られることなく、最先端の分野に人材や資金を集中できるからではないでしょうか?

 そして、それができるのは、中国の大学では、伝統的な分野の力が強くないからだと思われます。

 そうなったのは、文化大革命によって、大学が破壊されたからです。

 清華大学は、文化大革命で紅衛兵の拠点となり、それまでの教授陣が一掃されてしまいました。

 中国の高等教育と研究のシステムは、ここで全面的に破壊され、過去との連続性が失われ、伝統が引き継がれなくなってしまったのです。いわば、焼け野原になってしまったわけです。

 こうした状態のところに、1980年代以降、能力のある若い研究者たちがアメリカに留学し、帰国してから、何もないところに新しい分野を築き上げていったのだと思われます。

◇日本の大学は、過去との連続性に縛られている

 中国の大学の状況に関する私の想像が正しいとすると、それは、日本の大学と対照的です。

 日本の大学では、新しい分野に注力することは、容易なことではありません。

 大学の運営に関する意思決定は大学の中で行なわれて外部からの影響を受けないため、社会の変化に即応した対応が行なわれません。

 社会の変化にはどうしても遅れがちになるのです。

 日本の国立大学では、農学部が学生数、教官数、予算額などで大きな比重を占め、大学の意思決定に関しても、強い影響力を持っています。工学部の中でも、古い分野の学科(名称を変えているので、それと分からないのですが)が、大きな比重を占め続けています。

 また、日本の大学では、教授の研究分野をそのまま引き継ぐことが重要な場合が多いのです。そうしないと、大学に残れないといった事情があります。したがって、新しいことを行おうとしても、なかなかそれが行えないのです。

 これは、工学系の分野において、顕著に見られることのように思われます。
 
 こうした事情によって、新しい分野を発展させるのが難しく、大学が現実の世界の変化に対応できないのです。 

 高度成長期においては、日本経済全体が成長したために、大学予算も拡大を続け、新しい分野の学部や学科が設立されました。

 しかし、経済が停滞し、予算が窮屈になってくると、古い分野をスクラップしない限り新しい分野を作ることができなくなります。そのスクラップができないのです。

 今世紀に入ってからの日本のノーベル賞受賞者がアメリカについで第2位になったと報道されています。しかし、これは高度成長期に日本の大学が急成長し新しい分野の研究が可能になったことの成果なのです。

(連載第7回)
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■野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、 スタンフォード大学客員教授などを経て、 2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。 2011年4月より 早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問。一橋大学名誉教授。2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。著書多数。
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