【94-皇室】昭和天皇「戦争責任」論を再燃させてはならない|保阪正康
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【94-皇室】昭和天皇「戦争責任」論を再燃させてはならない|保阪正康

文・保阪正康(昭和史研究家)

NHKのスクープ

降る雪や 明治は遠く なりにけり

中村草田男がそう詠んだのは昭和6年でした。

令和も2年目に入り、本当に昭和は遠くなったと感じます。とくに昭和の戦争の時代は皮膚感覚を失い、いよいよ「歴史」として確立されていくプロセスに入ったと思います。

最近、活躍している歴史学者の経歴を見ると、大学に入ったのが平成という人も少なくありません。戦前・戦中どころか、戦後の高度成長すら知らない世代が、研究の中心になっています。昭和史が、同時代的な見方から歴史的な見方に推移していく、まさにそういう時期になってきたと言えます。

そういう中で、気を付けたいことがあります。

人間の営みはじつに複雑で、矛盾にあふれており、決して合理的に物事が進むわけではありません。しかし、それが歴史として整理されるとき、短絡で雑駁な理屈に回収されることがあるということです。

ここで取り上げるのは、昭和天皇の戦争に対する責任、という問題です。

昨年8月、NHKは初代宮内庁長官・田島道治が昭和天皇とのやり取りを書き残した手記(「拝謁記」)をスクープしました。その昭和27年1月11日の項に、こんな記述がありました。サンフランシスコ平和条約発効によって日本が独立を回復することを祝う式典で、昭和天皇がお言葉の中に「反省」という字を入れたいと田島に伝えたところ、当時の吉田茂首相が、「戦争をお始めになった責任があるといわれる危険がある」と反対して、結局、削除されたというのです。発表当時はずいぶん話題になりました。

NHKは今もホームページで、「戦後の占領期は断片的な資料しかない、いわば『資料の空白期』で、昭和天皇の戦争責任や政治への関与に関する新事実は、アメリカ側の資料によって少しずつ明らかにされてきたのが実情です」と、これが昭和天皇の戦争責任に関する貴重な資料であるとしています。

昭和天皇に戦争責任はあったのか、なかったのか――この時も、あちこちでそうした議論に火が付きました。

しかし、「ある」「なし」の二者択一の問いそのものが、私に言わせると「戦後左翼」のごまかしのロジックなのです。実際にはさまざまな角度から語られなくては理解できない戦争に対する昭和天皇のかかわりが、「戦争責任」という言葉で一括りにされることで、「ある」へと誘導されていく。そういう言葉なのです。

最低でも16の検証すべき分野がある

天皇と戦争のかかわりには、開戦前、開戦時、戦局が悪化したにもかかわらず戦争を続けると決めた継戦時、そして終戦時と、時系列で少なくとも4つのポイントがあります。責任の内容も、法的なもの、政治的なもの、人道・道義的なもの、さらには歴史的な尺度もあります。

P253_論点94_保阪氏の考える昭和天皇の太平洋戦争の責任

時系列を横にとり、責任の内容を縦にとると、これだけでも16の検証すべき分野があることがわかります。このそれぞれに、「ある」「なし」の丁寧な議論があってしかるべきです。

たとえば、私が考える昭和天皇の戦争の責任は表のようになります。一つひとつ議論するだけの紙幅がありませんから、いくつか取り出して考えてみます。まず、わかりやすいのは開戦時の法的・政治的責任でしょう。

昭和天皇は開戦の詔書に御名を親書し御璽(ぎよじ)を捺している、だから責任がある、というまことにわかりやすく、感情に訴える考え方があります。実は私もある時期はそう考えていました。

しかし、当時も日本は立憲君主制であったわけですから、当然、君主は法的・政治的な責任を負わないという「君主無答責」の原則がありました。戦前の大日本帝国憲法でも第55条で、「国政は国務大臣が輔弼し、その責任を負う」とあります。実際、昭和天皇は開戦まで何度も、交渉の余地はないか、と下問されますが、輔弼の臣たる国務大臣に押し切られ、渋々開戦を認めたという経緯があります。これらを考えると、責任はない、とするのがまずは妥当というのが私の考えです。

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