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アフター・コロナの世界 「強い社会」が国々の興亡を決する|船橋洋一

コロナ後の世界秩序はダイナミックに変化する。 米中対立は激化し、戦後冷戦の第二幕ではないかと思えるほどだ。そんな中、日本はどのような道を進めばいいのか。キーワードは「国民の当事者意識」だ。今こそ「国民安全保障国家」を目指せ!/文・船橋洋一(アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長)

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舟橋氏

戦後冷戦の第2幕

コロナ・ウイルスをめぐる戦いは、戦争ではない。敵はウイルスである。ドイツのシュタインマイヤー大統領が国民向けのテレビ演説で述べたように「感染症の世界的拡大は戦争ではない。国と国、兵士と兵士が戦っているわけでもない。私たちの人間性が試されている」、そうした戦いだ。本来であれば、すべての国が手を携えて共通の敵に立ち向かうときである。

しかし、いま世界はそのような状況にはない。米中対立は一段と激化し、新冷戦に突入しつつあるかに見える。30年前、実は冷戦は終焉していなかったのではないか。これは戦後冷戦の第2幕なのではないか、と思えるほどである。米中のデカプリングの勢いが増し、グローバル・サプライチェーンは寸断されつつある。世界の80カ国・地域がマスク類や防護服などの輸出を制限した。

国連安全保障理事会は世界保健機関(WHO)をめぐって米中が対立し、機能しない。EUもユーロも激しく揺らいでいる。セルビアの大統領は「欧州の連帯はおとぎ話。我々を助けることができる国は中国だけだ」と発言した。ドイツの憲法裁判所は、ECB(欧州中央銀行)の量的緩和(QE)は合法とした欧州司法裁判所の裁定を一部違憲であるとの判決を下した。

サイバー空間では中国とロシアが欧米に情報戦を仕掛けている。戦後の「自由で開かれた国際秩序」は音を立てて瓦解しつつある。それを支えてきた米国主導の同盟システムはパンデミックに対しては居場所も出番もない。米国は4隻の空母で感染者が出て、西太平洋は一時、空母不在の状況である。リーマン・ショック後、ペンタゴンは国防予算の5000億ドル圧縮を迫られたが、今後は“3密”空母機動部隊のあり方も含めて国防体制の見直しが避けられないだろう。

「国々の興亡」を決する要素

ただ、戦いはまだ始まったばかりである。今後、どうなるのか。おそらく次の3つのシナリオが考えられるのではないか。

① 新規感染者が低位に安定する方向に向かい、それがある一定期間、持続する。ワクチンの完全接種と集団免疫の長期安定化が実現する。この場合、2年後にV字型回復が実現する。

② 主要国が、自粛隔離と再度の感染爆発を数次にわたり繰り返す。第2次、あるいは第3次の感染爆発による犠牲者が多い場合、経済の回復はよくてU字型かせいぜいL字型、下手をするとI字型、回復時期は4、5年後となる。

③集団免疫が比較的短期でしか持続せず、しかも、ワクチン再接種の効果も減退することが判明、さらにはインドとアフリカの大規模感染が止まらない「最悪のシナリオ」。開発途上国の人々の過半が感染する可能性も否定できない。この場合、脱出には7〜10年を要する。

どのシナリオになるのか、その中でどのようにして最小限度の犠牲にとどめ、経済活動を維持するか。そこから何を学び、その教訓をどう活かすか、が結局のところ「国々の興亡」を決する。今日の勝者が明日の敗者、あるいはその逆も起こりうる。

現時点では、米国が最大の負け組になりそうである。感染による死亡者がすでに10万人を超えた(注・5月28日現在)。

中国は、武漢の感染を都市封鎖で抑え込み、習近平国家主席が早々と「勝利宣言」を行った。しかし、ウイルスを発生させ、中国国民と世界に甚大な被害を与えたと非難され続けるだろう。中国の体制の強さと弱さの二面性が今回ほど際立ったことはないが、コロナ危機の真実は、中国の強さではなくむしろその弱さを窺わせたことにある。

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新型コロナウイルス

一方、台湾、ベトナム、ニュージーランド、そして韓国とドイツはこれまでのところ勝ち組に入っている。早期の国境の厳格管理、広範な検査、感染者の自主隔離の徹底などが功を奏した。それに比べて、ドイツを除くイタリア、スペイン、英国、フランスなどの欧州先進国はあきらかな負け組である。

それとの関連で「欧米の敗北、アジアの勝利」というパーセプションも広がりつつある。「中国、日本、韓国、台湾、タイのいずれも致死率が米国の5%以下」であることに注目し、この危機は「20世紀が米国の世紀だったのに対して21世紀はアジアの世紀となる、そうした歴史的分岐点として記憶されるかもしれない」とローレンス・サマーズ米ハーバード大教授は記している。ただ、欧米、とくに英米は、ワクチンの開発・生産で1番乗りすることで、逆転を狙っている。

もう一つの「国々の興亡」は、経済をめぐって戦わされている。

第2、あるいは第3のシナリオになった場合、世界経済はIMF(国際通貨基金)のいう「大封鎖」(The Great Lockdown)」が長期化し、未曾有の失業と膨大な貧困を生み出すことになるだろう。米国では生産年齢人口に限ってみるとすでに約半数が失業状態にある。サンフランシスコ連銀は過去の15のパンデミックの後の経済動向を分析した結果、賃金は上昇するが実質金利は下降する、貿易は減退する、戦争と異なり“戦後”の急角度の回復が望みにくい、と分析している。

コロナ・ウイルスの第2波と第3波、石油価格崩壊と産油国の債務危機と金融危機、米中グローバル・サプライチェーン分断の3つの危機が連鎖しながら同時並行で進んだ場合、世界経済のメルトダウンは避けられない。病院、介護、輸送、警備などの職種の賃金インフレよりも、非接触経済社会が必然とするロボット、ドローン、自動運転の導入による失業デフレの構造化の可能性の方が高い。

脱グローバル化への逆回転

世界の景気エンジン役も見当たらない。リーマン・ショック後、中国は4兆元のインフラ投資を行い世界経済をけん引したが、中国もいまは債務の重圧にあえいでいる。インフラなら政府の号令一下、建設できるが、消費を政府が国民に命じることはできない。「大封鎖」中はどの政府も国民に「外出自粛」と国内の「移動制限」を求めながら、経済を再開、刺激する、ブレーキとアクセルを同時に踏むアクロバットである。しかも、「北半球」で感染を抑え込んだとしても「南半球」に広がれば、それは「北半球」に跳ね返ってくる。ブラジル、南ア、メキシコ、トルコなどの新興国が深刻な債務危機と政治危機に見舞われる恐れもある。

「大封鎖」によって経済不況が長期化すれば、グローバル化と民主主義はさらに後退するだろう。今回のコロナ感染のすさまじいスピードは、大陸間ジェット飛行と国境間大量移動と国際コンベンションの賜物でもある。ウイルス感染のグローバル化が起こっているのだ。それが今度は、脱グローバル化の逆回転の引き金を引いている。地理学者のジャレド・ダイアモンドが指摘するように世界最初のグローバル帝国を築いたモンゴル帝国は14世紀の黒死病による旅行と貿易の途絶によって瓦解していった。「大封鎖」の長期化は、グローバル・ガバナンス空間を国と地域のガバナンス空間へと引き戻す遠心力を生み出す可能性が強い。

もう一つ、冷戦後、世界に浸透したグローバル化は「反エリート」「反移民」「反専門(科学)」を特徴とするポピュリスト的反動をもたらしたが、「大封鎖」時代においては、社会・政治空間や市民的自由領域に“非接触型”空間が挿入され、「反中国」「反アジア系」「反都会」「反よそ者」などの生理的忌避感と政治情念、そして「反キャンパス」「反集会」「反デモ」などの社会圧力と強権発動を見ることになるだろう。非自由主義的かつ非多元主義的なポピュリズムとナショナリズムの豊饒な沃野が広がっているのだ。

米中ともに「チェルノブイリ化」

中国・武漢でコロナ・ウイルスが蔓延し、中国政府が都市封鎖を宣言した時、中国では「これは中国のチェルノブイリだ」という受け止め方が一瞬、広がった。We Chatでは、米国HBOのチェルノブイリに関するドラマがにわかに人気を博した。人々は直感的に中国共産党支配の体制危機を感じたのである。一方、ニューヨーク・タイムズ紙(4月3日)によれば、米国においても、ニューヨーク市の惨状を前に、同市の医療最前線で苦闘する医師が「これは米国のチェルノブイリだ」と語ったという。医療崩壊に止まらず、行政と病院が市民に公的サービスを提供できない「オーソリティ崩壊」の意味がそこには込められていたのだろう。

トランプ(アフロ)

弱さを露呈した米国のトランプ

米国は政治と統治が機能麻痺の状態にある。それは、トランプ政権の無為無策無能だけを意味するのではない。国民の8.5%は医療保険に入っていない。白人高卒男性の絶望死が増大し、米国人の平均寿命は3年連続で下降している。コロナ感染死亡者比率では黒人の犠牲者が桁違いに多い(シカゴは全死亡者の7割、首都ワシントンは8割)。コロナ危機は、米国の経済社会のこうした富・教育・健康の格差と政治の不作為を余すところなく露呈させた。

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