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警察の過度な実力行使が香港デモを深刻化させた

文・安田峰俊(ルポライター)

 香港では2019年6月初めから、逃亡犯条例改正案の審議問題を発端とした大規模な抗議運動が起きている。私は同月16日に約200万人(主催者発表)が参加した平和的なデモを取材したほか、8月末から10月初めまで香港に滞在。至近距離から警官にビーンバッグ弾(暴徒鎮圧用弾丸)を発砲され、催涙弾の直撃を受けながら動静を観察してきた。

 香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は9月4日、改正案の完全撤回を打ち出したが、抗議がおさまる気配はない。デモ参加者らは改正案の撤回以外に、警察の実力行使をめぐる独立調査委員会の設置、拘束された参加者の釈放、当局側による「暴徒」認定の撤回、完全な普通選挙の実現という「5大要求」を掲げる。9月時点の各種世論調査では市民の5〜7割が運動に好意的だ。

 事態が深刻化した大きな要因は、香港警察の過度な実力行使だ。警察側は9月16日までに催涙弾を約3,100発(これは2014年の雨傘革命で用いられた数の約36倍である)発射。さらにビーンバッグ弾やゴム弾による水平射撃、実弾を用いた威嚇射撃も実施したほか、約1,453人を逮捕している。

 加えて、7月21日に郊外の元朗駅で正体不明の白シャツ集団がデモ参加者を襲撃した事件に対する警察側の捜査怠慢、8月31日に地下鉄駅構内で警官隊がデモ参加者に暴力を振るった事件、10月1日に警官がデモ隊の18歳少年を至近距離から実弾で撃ち重傷を負わせた事件なども、デモ側の怒りをかき立てた。デモ側の動機は、すでに条例問題から警察との対決にシフトしている。

 9月に香港中文大学が発表した世論調査では、騒動の最大の責任は香港政府にあるとする回答は50.5%、香港警察とする回答は18.5%と、現地当局の姿勢を批判する市民の声は約7割に達している(対して北京の中国政府とする回答は17.8%、デモ参加者とする回答は12.7%だ)。日本国内の諸報道とは異なり、抗議運動の主たる矛先は中国政府ではなく、あくまでも香港当局に向いている。

 抗議運動を担う人たちの多くは「和理非」と呼ばれる平和的な参加者たちだ。日本では過激な抗議運動の様子が報道されやすいが、実際には無言の座り込みや参加者が路上で手をつなぐ「人間の鎖」といった、穏健な活動も引き続き実施されている。若年層が中心だった2014年の雨傘革命とは異なり、今回の「和理非」系のデモ参加者は幅広い年齢層や社会階層に広がっている特徴もある。

 いっぽう、警官隊との衝突を辞さない過激派は「勇武派」と呼ばれる。勇武派は催涙弾を防ぐためにヘルメットと防毒マスクで身を固め、路上にバリケードを築いて放火、敷石や火炎瓶を警官隊に投擲して棒で殴りかかるなど、日本の60、70年代の学生運動さながらの行動を続けている。8月末からは、警察に融和的とされる香港地下鉄の関連施設、中国系企業や親中国的とみなされた企業(吉野家など日系企業を含む)の店舗を破壊する動きも増えた。

 勇武派は10代〜30代前半の学生や比較的低所得層の若年労働者が中心で、前線で戦う人数は数1,000〜1万人程度だ。コアなメンバーには「戦場慣れ」したサバイバルゲームの愛好者グループらが複数参加。また、5年前に穏健派と急進派の分裂により瓦解した雨傘革命の雪辱を果たさんとする、「雨傘急進派」とも呼ぶべき過激な活動家も多く加わっている。これら以外に、下町地域の北角や黄大仙、郊外の元朗などでは、デモ隊の若者とは異なる層である地元住民たちが警官隊との衝突を繰り返している。

 前出の香港中文大の世論調査では、暴力的な抗議方針に明確に賛同する市民は10%程度だ。ただし、抗議の過激化をある程度は容認する声も55.7%にのぼる。調査をおこなった李立峯教授は筆者の取材に「抗議に賛同する市民は(『和理非』を含めて)ほぼすべてが勇武派の行動を受け入れている」と話す。

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