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【追悼・橋田壽賀子さん95歳】生前に綴った手記「私は安楽死で逝きたい」——生まれる自由はないのだから、せめて死ぬ自由は欲しい

4月4日、『おしん』『渡る世間は鬼ばかり』で知られる脚本家の橋田壽賀子さんが95歳で亡くなった。橋田さんは2016年に文藝春秋に手記を寄せ、「日本も安楽死を認める法律を早く整備すべき」と提言している。〈生まれる自由はないのだから、せめて死ぬ自由は欲しい〉と綴った橋田さんの心境とは——。/文・橋田壽賀子(脚本家)

※肩書き、年齢等は当時のままです

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橋田壽賀子さん

〆切だけは守るのが私の信条

1年半前に90歳をむかえたのを境に仕事から遠ざかっていたのに、この夏は、また一本「渡る世間は鬼ばかり」を書いてしまいました。去年から頼まれていた仕事でしたから本当は6月に書き上げなければいけなかったのですが、ちょっとナメてのんびりしていたら、9月放送と聞いて慌てて書きました。

私のドラマはロケーションがなくセットだけで収録されます。ですから遅れるとセット代がかかって大変。中身はないけれど、〆切だけは守るっていうのが私の仕事の信条ですから、7月のひと月で4時間のドラマを書き上げました。書き出したら何でもないんです。「鬼」は老若男女の登場人物がいて、どの年代もそれぞれ問題を抱えていますから、けっこうネタには困らない。あまり苦労することなくちょろちょろっと書いてしまいました(笑)。

この机で書けばなんとか書きあがるという変な自信があるんですね。結婚前に買った食堂用のテーブルで、東京からここ熱海に持ってきました。塗り直したらちょっとゲスな色になってしまって、いまはこうやってクロスをかけていますけれど、「おしん」も「おんな太閤記」もみんなこの机で書きました。私にとって守り神みたいなものなんですよ。

あしたは2017年版の「鬼」の打ち合わせということでテレビ局の方が訪ねて来ます。登場人物が成長していくから、次も見たいとテレビ局に投書が来るそうです。えなり(かずき)もあんなに小さかったのに、いまは嫁姑問題。ワンシリーズで終わればよかったんですけれど、同時進行しているからいつまでも続く。来年も生きていれば書くかもしれません。もう本当にお金を稼いでもしようがないんですけれどね(笑)。

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スマホで安楽死について調べてみた

それで、その「鬼」を見た人からいろいろな連絡があって、また考えさせられました。

電話をくれたのは同世代の親戚。私の新作をひさしぶりに見たのを喜んで連絡してきた。「元気でよかったね」というので私もふつうに話していたんですけれど、むこうは「元気でよかったね。よかったね」ばかり言う。ちょっとおかしいなと思ったら、子供に代わって「すみません、ちょっともうキテいます」と。「ドラマを見て電話をかけたいというので電話をさせました。忙しいのにすみません」と言う。

もう一つは私と同じ年のファンの方から来た手紙。毎年、季節になると果物を送ってくださって応援してくれた人です。そのお子さんがお手紙をくださって「母は認知症が出てシェアハウスに入りました。毎日果物を送れというので送りますが、もう家にはおりませんので御礼状はけっこうです」とありました。年を取ればみんなそうなるんです。「明日はわが身だな」とあらためて感じました。

私は80歳を過ぎた頃から、もし認知症になったら安楽死がいちばんと思っています。

27年前にテレビマンだった夫に先立たれ、子どももいませんし、親戚づきあいもして来ませんでしたからまったくのひとり身。周囲に迷惑をかけたくありませんから、頭がボケた状態では生きていたくない。何もわからなくなって、生きる楽しみがなくなったあとまで生きていようとは思わないんです。

どうしたらいいのかと思って、調べてみたらスマホでもいろいろわかった。スイスには、70万円で安楽死させてくれる団体があるのです。

安楽死は日本では認められていませんが、スイスのほかに、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクのヨーロッパ各国のほか、アメリカのニューメキシコ、カリフォルニア、ワシントン、オレゴン、モンタナ、バーモントの6つの州では認められているそうです。これらの国や州には、安楽死を叶えてくれる団体があります。

その中で外国人を受け入れてくれるのは、スイスにある「ディグニタス」という団体だけ。安楽死とは正確に言うと合法的な自殺ほう助で、さまざまな厳正な審査を受けたうえで、合格した人だけが致死量の薬物を飲んで自分で死ぬというものです。

ディグニタスでは、希望者が提出した医療記録を医師が審査し、治る見込みのない病気で耐え難い苦痛を伴うなど、裁判所が認めた場合に限り、致死量の麻酔薬を処方され安楽死が叶えられる。

利用する外国人は、2013年が197人。増加傾向にあるが、同年まで日本人の利用はないという。

スイスならいつでも行けます。でも、いつ行くかというタイミングが難しい。最後の日まで本人の判断能力があることが安楽死をさせてくれる条件らしいですから、ボケてからでは行けません。見極めが難しいと思っています。でももし私が行くことになったら、ドキュメンタリーでやったら面白いと思うので、スイスを訪れてお骨になって帰るまでを撮ってもらおうかなと思っているんです。

プロデューサーの石井ふく子さんにこういう話をすると「縁起でもない話しないで」とすごく怒ります。石井さんは私より1つ年下ですが、まだまだ仕事に生きている。ご自分の会社を持ってスタッフや俳優さんを抱えているし、舞台もやっているから一生懸命働くことしか考えていない。雇っている人がいると、いい意味で生きがいにはなるかもしれないけれど、簡単に死ねないなと思って見ています。私はそういうふうになりたくないし、仕事はいっぱいやったから、もういいんです。

死について考えたくないという人がいるのはわかります。でも私は、死というものにマイナスのイメージを持ったことがないんです。

私の死のイメージは寝ているようなもの。眠ってしまうと何もかも忘れてしまうでしょう。あれと同じようなものだと考えています。あの世で会いたいと思う人はいません。この世でしたいと思うことは一杯しました。あまり恋愛はしませんでしたが、もう、あれもこれもしたいとは思いません。心を残す人もいないし、そういう友達もいない。そういう意味では、のん気な生活を送っていますけれど、ただ一つ、ボケたまま生きることだけが恐怖なのです。周囲には、「私がボケてると思ったら言ってね」と話してあります。もし、そう言われたらすぐにでもスイスに行く準備にかかろうと思っています。

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安楽死の制度があれば悲劇は防げる

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