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作家・塩野七生が“イグノーベル賞”医師に聞いた。「日本人よ、『健康神話』を棄てよ!」

今の世の中は、あらゆる健康情報が溢れている。私たち日本人はそれに振り回されていないだろうか。1日10本はタバコを吸うというローマ在住の作家・塩野七生さんと、「イグノーベル賞」を受賞した医師・新見正則さんが「健康とは何か」を語り合った。/塩野七生(作家)×新見正則(オックスフォード大学医学博士)

受賞の知らせをゴミ箱に捨てた

塩野 私は誰にでも「先生」と呼ぶ日本の風潮が嫌いなので、お医者さまと学校で教える教師だけを「先生」づけで呼ぶことにしています。だから作家にすぎない私に対しても「さん」で呼んでくださいね。

新見 「七生さん」ですか。

塩野 あらまあ(笑)。それはちょっと。

新見 では「塩野さん」と呼ばせていただきます。

塩野 新見先生の「健康マニアにつけるクスリ」(『Voice』8月号)という文章があまりに愉快だったので、エッセイ(本誌10月号「日本人へ」)で無断借用させていただきました。まずはそのことのお詫びを。

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新見 とんでもありません。光栄なことです。拝読してすぐにローマにご挨拶に飛んで行きたいと思いました(笑)。1998年に英国から帰国直後に最初に手にした本が『ローマ人の物語』で、それ以来、塩野さんの大ファンでしたから。

塩野 先生は、オックスフォード出の医学博士でいらっしゃるのに、2013年に「イグノーベル賞」(まず人々を笑わせ、それから考えさせる研究に贈られる賞)というフザけた賞も受賞されていますよね。

新見 突然メールが来たんです。最初のメールは、ゴミ箱に入れてしまったんですが、また来たので、ちゃんと読んでみると、ホンモノでした。賞金も、授賞式のための旅費も出なかったのですが(笑)。

イグノーベル賞授賞式

「オペラで延命」でイグノーベル賞を受賞した新見氏

音楽で延命するマウス

塩野 お会いできたら、ぜひイグノーベル賞を受賞したという、マウスに音楽を聴かせる実験について詳しく伺いたいと思っていました。

新見 心臓移植をしたマウスは、免疫の拒絶反応によって、平均で7日間しか生きられないのですが、これは音楽を聴かせることでどれだけ延命できるかという実験です。

1番効いたのは、僕も大好きなヴェルディのオペラ「椿姫」。生存期間が平均で40日間まで伸び、100日以上生きたマウスもいました。次に長かったのは、モーツァルトで、平均20日間でした。

塩野 「椿姫」が1番効いたというのが面白いですね。

新見 指揮者はジョージ・ショルティで、歌手はアンジェラ・ゲオルギューの2時間バージョンをエンドレスで聞かせました。

塩野 モーツァルトは、何を聞かせたんですか。

新見 モーツァルトの曲をたくさん収録したCDです。

他にも、石川さゆりさんの「津軽海峡冬景色」とか尺八の音も聴かせたのですが、効きませんでした。

塩野 音楽によって違うわけですね。ワグナーは、どうでしたか?

新見 やってません。僕がCDを持っていないものですから(笑)。イタリア・オペラの方が好きなんです。

塩野 私もワグナーは苦手なんですが、結局、この実験結果から何が分かるのでしょう。

新見正則氏

新見氏

新見 われわれの体のなかでは、ガン細胞が常にできていますが、免疫を制御する細胞もできていて、ガン細胞を退治しています。その免疫制御細胞の働きに、ある種の音楽がプラスの効果を持っている、ということです。実は「音」だけではなく「匂い」も効くんです。ある漢方の匂いを嗅がせたマウスが、40〜50日間も生きました。

塩野 それは「病は気から」というのも、あながち嘘ではない、ということかしら?

新見 まさにそうです。音楽や匂いが脳を介して免疫系によい影響を与えている。僕はサイエンティストですから、「本当にそうか?」と、それで科学の実験には不可欠な「再現性」を確かめたかったんです。

塩野 くり返して実験してみたら、やはりOKだったというわけか。

英国には何年いらしたんですか。

新見 5年です。

塩野 それなら、英国風のアイロニーとユーモアを身に付けるには10分ですね。お医者さまなのに“健康オタク”を揶揄されていますが、その揶揄のしかたに“芸”があって。

新見 いえいえ。塩野さんの昔の恋人が、ケンブリッジ出身だったというお話を本で読んだことがあって、羨ましいです。僕も英国人のガールフレンドがいたら、英語がもっと上手になれたかもしれない、と。

塩野 オックスフォードでは何を学ばれたのですか。

新見 移植免疫の研究です。

塩野 つまり、イグノーベル賞も、その副産物なわけですね。それと漢方もなさっている。

新見 帰国後に漢方の勉強も始めて、もう20年近くになります。

漢方とは、言ってみれば“足し算”の英知です。化学がなかった昔は“引き算”はできません。漢方に用いる生薬は、草の根や葉っぱですが、1つだけでは、作用が少ない。そこで“足す”ことで作用を強めたり、副作用を減らしたりしてきたのが漢方です。

塩野 要するに、それを活用することで「抵抗力をつける」ということですよね。

新見 そうです。心も体も、いろんなものに対する抵抗力をつければいい。

塩野 古代のローマ人も、入浴を非常に重視していて、ヨーロッパの温泉の多くはローマ人が発見したもの。しかも、入浴後にはマッサージを受けるのも当然とされていました。カエサルの後の何代目かの皇帝の時には、医師や教師だけでなくマッサージ師も直接税免除の対象になったくらい。

新見 日本語でも「手当て」と言うように、手で触るだけでも“治療”になったんでしょう。

塩野七生氏

塩野氏

塩野 医学の父と言われる古代ギリシアのヒポクラテスの病院は山の上にあり、そこは神殿でもありました。ギリシア人は、神殿でも山の上につくるのが好きで、道が急なんです。そこを訪れた時、「こんな険しい山道を登っていく体力があれば、神さまに頼らなくても治るんじゃないか」と思ってしまいました(笑)。

「お祈り」は効く

新見 神殿で「お祈り」するだけでも、結構効いたはずです。

「プラセボ効果」という言葉があります。有効成分が含まれていない薬剤(偽薬、プラセボ)でも症状の改善が見られることを言うのですが、「お祈り」は、まさにこれです。

医学的には効かないはずのものが効く。「お祈り」が1番で、次が「音楽」とか「美味しい食事」とか「いい匂い」とか。あるいは「仲間」とか。健康には、ストレスがないのが1番なんです。医者としてそういう面も重視しています。

塩野 そうすると、お医者さまの役割も、なんだか古代のギリシアやローマとあまり変わりませんね。

「病は気から」と言う場合の「気」は、医学的にはどう説明できますか。

新見 東洋医学では「ある」とされますが、西洋医学では「ない」とされていますね。

塩野 「気」は英語では何と?

新見 うーん。「マインドフルネス」でも「スピリット」でも何か違う。敢えて訳すとしたら、「スピリチュアルパワー」なのか……でもこれもしっくりきませんね。

塩野 ローマの私の医者は、「こうしろ」とは言わない代わりに、「今は誰を書いているのですか」と仕事のことを聞くだけ。そして、「書いている間は大丈夫」としか言わない。この医者も、「気」のことは知らなくても、実質的に同じことを言っているのかもしれない。

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新見 そう思います。やはり、気力が充実している方が病気になりにくい。歳をとったり、病気になるから、気力が衰えるのか。気力が衰えるから、歳をとったり、病気になるのかは、微妙ですが。

塩野 そこはなかなか科学的にも説明しづらいわけですね。

新見 そうです。でもあまり面倒なことを考える必要はなくて、元気になれることをすればいい。「気」と言ってしまうと、「そんなのあるか」と怪しまれるのですが、その一方で、気力がそれなりに大事だとは皆思っているんですね。

塩野 でも、自分が健康かそうでないかは、どういう基準で判断すればよいのでしょう。

新見 直感でいいと思います。歩けて、美味しく食べられて、眠れて、お通じが出て、「今日も健康だ」と思えれば、それで健康なんです。

塩野 私は夜眠る前に本を読んだ後、「明日の朝食は何にしようか」と考えるのですが、そう思っているうちは、まだ死なずにすむのかな。

新見 そう思えるうちは心配ありません。もちろん、突然、夜中に脳出血を起こすかもしれませんが、それも人生です。

“健康オタク”

新見 問題は、今の世の中に、“健康情報”が溢れていることです。そんなことに振り回されるより、今の自分が健康で幸せなら、それで十分。

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塩野 テレビも、健康法の番組や健康グッズや健康食品のCMばかり。先生の文章で面白かったのは、「不安を煽って顧客を増やす作戦に乗るか、乗らないのか、というだけの話」と、出版界にまで通用する話をしてくれていたことです。「こうしろ」と強調する本は売れても、「正しい情報を伝える健康本は売れない」と。私も不安を煽るように書いていないから売れないんだと痛感した次第です。

新見 塩野さんの本が売れていないということはないと思いますが、世の中で言われている“健康法”のほとんどは、一時的に流行ってすぐに廃れてしまうのがほとんどで、ブームになっている間に、資本主義の論理でお金を回して、消費者を煽っています。

塩野 先生がおっしゃる、“健康オタク”というのは、そういう情報に惑わされて“健康”ばかり考えている人のことですか。

新見 そうです。朝から晩まで“健康”ばかり考えて、数値に左右される。

塩野 そんなのつまらない、と私は思うけれども。

不安を煽る“健康産業”

新見 今は“健康”が一大産業になっていて、「そんなことをしても効果はない。だから、私が言うこれをしなさい」と不安ばかり煽っている。そういうなかで“健康オタク”は、ストレスを溜めてかえって病気になっています。

塩野 医者である先生を前にして失礼ですが、私は、病院に行くのが大嫌いで、まず行かない。

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新見 必要でなければ行かなくていいんです。むしろ医者からは、微妙に遠ざかった方がいい。「微妙に」というのは、必要な時には行った方がいいからです。最近は、「病院には絶対行くな」といった極端な本もありますが、それはおかしい。必要な場合は行って、必要ではない場合には行かないのがいい。

塩野 たとえば、時々、肩のあたりが腫れてくるんですが、湿布なんかを貼って数日経つと消える。そのままでいいのかな。

新見 医学的に本当に効いているのかどうかは分かりませんが、自分が「効いている」と思えば、それでいいんです。

サプリメントも、人によっては、10個も飲んでいる。これだと、どれが効いているか分からない。僕は、「1個ずつ飲んで、自分が良いと思うものを続けなさい」と言っています。

つまり、メディアで「健康に良い」と言われるままにいくつも飲んでいるのが1番良くありません。データや数値ではなく、あくまで自分の感覚を信じた方がいい。

塩野 私は受けたことないのですが、健康診断とか人間ドックは、やはり受けるべき?

新見 受けなくていいと思います。今、80歳、90歳の多くは、人間ドックなんて行っていない。病院は調子が悪い時に行けばいいだけの話です。調子が良い時は、行かない方がいい。余計な検査や治療をされるからです。

ある意味、病院も“産業”なので“顧客”になってしまうと、いいことない。必要でない薬を飲まされている人がたくさんいます。ですから医者に「絶対必要」「ちょっと必要」「必要ではない」と分けてもらい、「絶対必要」以外は飲まなければいい。

ただ、サプリメントもそうですが、飲んで安心という面もあることは、否定はしません。飲んで、元気になったり、それこそ、熟睡感が増したり、集中できたり、自分がいいと思えれば、飲めばいいんです。

一方、糖尿病とか感染症の場合は、明らかに飲んだ方がいい薬があります。それと僕が漢方を20年以上やって1番良かったことは、つい最近、「フアイア」というガンに効く生薬を見つけたことです。約1000名の肝臓ガン患者を対象にした治験で、飲んだ人と飲まない人で、96週後の無再発率に10数ポイントもの差が出たので、英国の一流誌で発表しました。

終末期医療

塩野 ガンと言えば、読者のお医者さまが、「血液を少しいただければ、あなたがガンかどうかわかる」と。

新見 今はそういう検査があります。

塩野 でも、ガンとわかっても、今の私ならば、その治療よりも書く方を選びます。

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