阿川佐和子 慣れる力|特別寄稿「 #コロナと日本人 」
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阿川佐和子 慣れる力|特別寄稿「 #コロナと日本人 」

新型コロナウイルスは、世界の景色を一変させてしまいました。文藝春秋にゆかりのある執筆陣が、コロナ禍の日々をどう過ごしてきたかを綴ります。今回の筆者は、阿川佐和子氏(作家・エッセイスト)です。

シャカリキ時間がなくなった

緊急事態宣言が解除されるとともに少しずつ仕事も動き始めた。リモート方式で継続させていたテレビや雑誌の対談を、いつから通常の直接対面型に戻そうか。延期になっていた地方での仕事や講演の日程をどのように再調整するか。担当者と探り合いながら一歩ずつ前進しているところである。しかし、私の心の片隅には新たな不安が生じつつある。

ようやく日常のペースに戻るという安堵はもちろんあるが、すっかり怠け癖のついてしまった我が脳と身体を、以前のようにシャキシャキ働かせることができるだろうか。以前とて、シャキシャキは働いていなかったかもしれないが、少なくともシャカリキではあった。

ときどき、将来の夢はなんであるかと問われることがある。今まで私は、

「そんな先のことまで考える余裕はありません。それより今、目の前にある危機を乗り越えるだけで精一杯です!」

取り組み直後の力士のごとく、ゼーゼー息を切らしながら答えたものだ。実際、私の頭の中は常に、翌日に迫った原稿締め切りと、翌々日の対談のための資料読みと、翌翌々日の対談の準備と、その次の日に迫った原稿締め切りなど、だいたい一週間先ぐらいのデッドラインのことでパンパンだった。合間にこっそりゴルフの予定を入れることはあったが、それすら、大いなる楽しみであると同時に、そのために生じるさまざまなしわ寄せの恐怖に怯えていた。

こんなことを書くと有能な売れっ子仕事人のように思われるかもしれないが、否。有能ならばこんなにアタフタしないはずである。現に、「ああ、資料読みが間に合わない!」と家人に当たり散らしてベッドへ入り、「今日は徹夜だ!」と叫んで気がつくと、読み切れなかった資料を抱いたまま朝になっているという始末だ。いくつになっても試験前の学生気分だったのである。

そんなアタフタの日々に比べると……、これまた新型コロナのせいで経済的に逼迫したり仕事を失ったり、もちろん感染した方々に対して心苦しいところではありますが、自粛生活に入って少しずつ仕事量が減ったおかげで、心と体にゆとりが生まれた。少なくとも、「ああ、間に合わない!」と喚き散らしていた私が、対談資料をゆっくり読めるようになった。原稿書きにも余裕が生まれ、夕方5時の「からすと一緒に〜」のメロディが聞こえるや、「さて、仕事はこれくらいにして、今夜は何を作ろうかな」と台所に向かい、夜、眠気が差してくると、「ま、明日にするか」とパソコンをオフにしてさっさとベッドに潜り込む。こうしてのんびり仕事を進めているうち、いつしかシャカリキ時間がなくなっていた。

さりとてひたすら安穏と過ごしていたわけではない。朝昼晩の三度の食事の支度を欠かさず行う責務に追われ、「疲れたから今日は外食にしよっ」と甘えることも許されず、つくづく専業主婦の偉大さを思い知った。

三食飯炊き主婦を実行して深く実感したのは、作る労力より献立を決める労力のほうがはるかに大きいことである。新聞に毎日、「今日の献立」という記事が載る理由がよくわかった。

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