西寺郷太_ナインティーズ

西寺郷太 小説「'90s ナインティーズ」 #2

第一章
Once Upon A Time In SHIMOKITAZAWA

★前回の話はこちら
※本連載は第2回です。最初から読む方はこちら。

(2)

 池袋のタワーレコードになら、自分のバンドのCDが売っているかもしれない、という湧井さんが放った「御託宣」。

 バイト帰りの僕の眼光は、狂気に満ちていたはずだ。駅前の雑踏を歩く人々が、「明らかにヤバい奴がいる」と僕を避けて早足になるほどに。会社のある秋葉原から山手線を内回り、上野方面に急ぐ。もちろん、一秒でも早く池袋「タワレコ」に直行するためだ。当時の僕は、ポータブルCDプレイヤー「ディスクマン」とヘッドフォンを常日頃携帯していた。CDを購入しさえすれば、即聴ける。

 ちなみにこのタイミングが、僕にとって初めての池袋タワレコ。その頃、僕は東中野で一人暮らし。プリンスが映画『パープル・レイン』でカスタムして乗っていたHONDA CM400T を更に小さくしたような、アメリカン・スタイルの原付 HONDA JAZZ で大学まで通っていた。少し前まで、新宿靖国通り沿いのレーザーディスク専門店「松竹ビデオハウス」でバイトをしていた僕にとって、「タワレコ」と言えば新宿オンリー。池袋は、自分にとって見慣れぬ巨大な異文化圏だった。

 今と同じ P’PARCO の5階と6階に、池袋タワーレコードは存在していた。

 そのフロアで僕は、人生最大の衝撃を受けることになる。なんと、STARWAGON が前年9月にリリースしたミニ・アルバム《サムワン・トゥ・ダイ・フォー》が、情熱的な店員による手書きキャッチ「君は愛のために死ねるか?」とともに面出し、大プッシュ展開されていたからだ。仮にひっそり一枚インディーズ・コーナーの「S」の棚に刺さって売っていただけだとしても、心の奥底から感動したことだろう。しかし、状況は想像を遥かに超えていた。積み重ねられた STARWAGON 《サムワン・トゥ・ダイ・フォー》の赤いジャケット。赤い台紙のコメント・カードに、僕の目は釘付けになった。

「世界と共鳴するバンド、我らがスターワゴン! レーベル・メイトのエドウィン・コリンズも絶賛!」

 正直、その時の僕はエドウィン・コリンズが誰かよくわからなかった。しかし、自分がさっきまで会っていた人の音楽を同じレーベルに所属している海外のミュージシャンが褒めているというその事実は、頭の回路をショートさせた。嘘だろう?

 どれだけ僕が彼を尊敬していると言っても、湧井さんはまだ派遣社員としてバイトをしている存在じゃないか、と。

 そう言えば、湧井さんは僕にこんな風に言っていた。バンドのメンバー上条兄弟は28歳、自分も27歳。もう若くはない。上条兄弟は一度、別のバンドでデビューをし、すでに解散している。自分たちは旧態依然としたメジャー・レーベルや事務所などから利用され、本来の主義主張を変えられることに慎重なのだ、全編英語詞で、あくまでも海外の音楽シーンと歩調を合わせてマイペースで進んでいきたい、と。だからこそ、基礎となる日々のお金はバイトで稼ぎ、クリエイティビティを守るんだ、海外にはそんなバンドが沢山いるんだ、と。そんな話を断片的に聞きながら僕は、「この人、めっちゃかっこええやんけ!」と心の奥で咆哮していたのだ。

 次の瞬間、試聴機に入ったCD《サムワン・トゥ・ダイ・フォー》を見つけた。僕の脳裏にこれまでに交わした湧井さんとのやりとりがフラッシュバックしてゆく。

「湧井さん、あの、どこにお住まいなんですか?」

「石神井」

「ん?」

「練馬だよ。西武池袋線だね。そこに一軒家を借りててさ、上条兄弟と共同生活してるんだよ」

「え、バンドで? メンバーとですか?」

「そうそう、ドラムとギターが双子だしね。一緒に住んでたところに、俺が混ざっただけとも言えるけどね。リビングが簡易的にレコーディング出来るスタジオになっていて……。そこでメンバー同士やりとりしながら自宅録音もしてる。ドラムは流石に無理だけどね、ギターやベースは何回やり直してもスタジオ代もかかんないし、曲作りもやりやすいしさ」

 僕が同意の相槌を打つことすら出来ないほど、羨望の眼差しで彼を数秒間見つめているのを確認してから、湧井さんは続けた。

「機材車が停められる駐車場付の一軒家、音もある程度出せるってなると、ちょっと都心から離れないと。練馬、超住みやすいよ。ザ・バンドの『ビッグ・ピンク』みたいでいいでしょ?」

 初めて垣間見た「大人のバンドマン」の暮らし。絶句してしまうほど心を震わせた僕は、空白が気まずい間に変わるギリギリのタイミングで思い出したように質問をぶつけた。

「え? あの湧井さん……」

「何?」

「バンドで……、機材車も持ってるんですか!?」

「アンプとかドラムセット運ぶからさ。それが三菱のデリカスターワゴンってクルマでさ」

 ヘッドフォンを恐る恐る装着し、ヴォリュームを最大に上げ、準備をする。数字のスウィッチを探し、試聴機のプレイ・ボタンを押すと銀色に光るディスクが選ばれ、カチッとセットされ回り始めた。次の瞬間……。僕は完全に崩壊した。

 その時初めて聴いた湧井さんの歌声、ザ・ポリスのアンディ・サマーズを彷彿とさせる上条盛也さんの変幻自在のギター・サウンドと、パワフルでエモーショナルな上条欽也さんのドラム……。

 僕のそれまでの「魂」はこの時、STARWAGON によって一度抹殺された。そして、彼らはまた新たに生まれ変われるようにとその轟音サウンドで強く抱きしめてくれた。その後の僕の人生を塗り替えてくれた。そう思う。

 この時期、1995年前半は、日本史上でも稀に見る大事件、災害が起こる動乱の中にあった。

 まずは、1月17日に起きた阪神・淡路大震災。そして、3月20日にはオウム真理教による同時多発テロ「地下鉄サリン事件」勃発。その後のワイドショーや新聞、雑誌はオウム一色。

 僕はバイトと学生生活を繰り返しながら、定期的に弾き語りライヴを西早稲田の老舗ロック・バー「ジェリージェフ」で行わせてもらっていた。しかし、年末の「バンド」消滅から再起を図るつもりだった3月末のライヴは惨憺たる結果に終わった。確かに知り合いや友人の中に僕の歌や音楽の支持者も数人はいた。しかし、自分が子供の頃から目指してきたのはリズミックでセンチメンタルでグルーヴィーな音楽。それは「弾き語り」で表現出来るような世界でないことを、自分自身が一番よくわかっていた。このまま一人でどれだけ一生懸命ギターを練習したところで、未来はない。

 3年の時間を経て、東京で音楽的パートナーの信頼を得ることが出来なかった。すでに、僕は、21歳になっていた。マイケル・ジャクソンならジャクソン5を終えて、ジャクソンズ、《オフ・ザ・ウォール》でも成功を収めている。プリンスもサード・アルバム《ダーティ・マインド》をリリース。ワム!のジョージ・マイケルは〈ケアレス・ウィスパー〉も〈ラスト・クリスマス〉も発表し、世界的なヒット・ソングにしている。嫌になる。自分はもう決して、断じて若くなどないのだ。まさに夢の終わり、どん詰まりだった。

 そして、迎える大学最終年。1995年4月。

 バイト先で出会ったミュージシャン、湧井正則さんだけが、僕に射した一筋の光に思えた。

 興奮しきった僕が、最速のタイミングで彼らのライヴを体感しに行ったのが、下北沢 CLUB Que での、4月22日のイベントだった。その夜から約2年間、僕はほぼ毎晩下北沢のライヴハウスや居酒屋で先輩や同期、後輩も含めたバンド仲間達と呑み、語り、クラブで踊る生活を続けることになる。そしてそれぞれのガールフレンド、ファンなど、溢れんばかりのエネルギーに満ちた女性たちとの出会いと別れ、御伽噺のような激動の日々。

 ブー・ラドリーズ「ウェイク・アップ・ブー!」のファンファーレが、朝が来るたびに国歌のように鳴り響いた。ギター・ポップの季節が、確実にそこにあった。

(続く)

★今回の1曲――The Boo Radleys - Wake Up Boo!(1995)

(連載第2回)
★第3回を読む。

■西寺郷太(にしでら・ごうた) 1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド「NONA REEVES」のシンガー、メイン・ソングライターとして、1997年デビュー。
以後、音楽プロデューサー、作詞・作曲家としても少年隊、SMAP、V6、YUKI、鈴木雅之、岡村靖幸、私立恵比寿中学などの多くの作品、アーティストに携わる。
日本屈指の音楽研究家としても知られ、近年では特に80年代音楽の伝承者としてテレビ・ラジオ出演、雑誌連載など精力的に活動。マイケル・ジャクソン、プリンスなどの公式ライナーノーツを手がける他、執筆した書籍の数々はベストセラーに。代表作に小説『噂のメロディー・メイカー』(扶桑社)、『プリンス論』(新潮新書)など。
現在NHK-FMで放送中の「ディスカバー・マイケル」に案内役としてレギュラー出演。


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