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古谷経衡 オカルト、トンデモと一線を画す|特別寄稿「 #コロナと日本人 」

新型コロナウイルスは、世界の景色を一変させてしまいました。文藝春秋にゆかりのある執筆陣が、コロナ禍の日々をどう過ごしてきたかを綴ります。今回の筆者は、古谷経衡氏(文筆家)です。

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1585年、徳川家康は7000の兵力を以て信州上田城を攻めた。守り手の真田昌幸はわずかに1200名。しかし昌幸は泰然自若として動じず、家康は上田攻略を断念する。世に言う上田合戦である。

コロナ騒動が起こった時、正しく私の心境は昌幸のそれであった。コロナという大波の前でもいたずらに動じてはならない。2月下旬に入り中国以外にも感染者顕著の報を受け、パンデミックが確定的になると、真っ先に私が参照したのは過去のパンデミックの事例であった。現在ではすっかり有名になった速水融著『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書店)と、大正当時に内務省が編纂した『流行性感冒』の二書である。100年前のパンデミックを参照すると、驚くべきことにその対応は現在とうり二つであった。人と人との密集を避ける―。マスク着用、うがいを励行する―。パンデミックの原因がウイルスであることすら同定できなかった大正時代がこれなのだから、とどのつまり人類の感染症への対処法など限られているのだ。なおかつ興味深かったのは、当時の人類がやはりデマの類に惑わされたことである。神社の護符が「感染防止に効く」として飛ぶように売れ、ネズミの死体を粉末状にしたものが「特効薬」として広がった。マスクを高値で転売する「転売ヤー」もまた跋扈し、官憲の取り締まりを受けたという。100年経っても所詮人間の理性とはこんなものなのである。こうした歴史事実を振り返ると、大山鳴動するコロナ騒動にも案外泰然としていられる。

100年前と違うのはネットの存在である。フェイクニュース、デマ拡散の速度は1世紀前の比ではない。日本の製紙能力の水準を知っていれば何も心配は無いが、小売店や薬局からトイレットペーパーが消えた。この程度ならまだかわいらしいが、オークションサイトではある種の鉱石から発せられる放射線が感染を防ぐなどといって高値で取引されだした。日本の理科教育とは何だったのか。しかし3月に入ると、いよいよ私の実生活にもコロナ騒動は喰いこんでくる。感染拡大防止を合言葉にラジオやテレビ出演が続々とリモートになった。特に困惑したのはラジオの現場で、自宅から回線を繋ぐとゼロコンマ3~5秒のディレイ(遅延)が生ずる。ラジオは掛け合いである。このディレイは致命的である。しかしこの措置も、6月にはほぼ全面解除された。

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