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是枝裕和インタビュー「カトリーヌ・ドヌーブは樹木希林さんに似ていた」

大女優と初のフランス・ロケ。新作『真実』の撮影で考えたことを語った。/是枝裕和(映画監督)

女優とは何か、演じるとは何か

「フランスにはカトリーヌ・ドヌーブがいる」

 そう思いついてから『真実』の企画は本格的に動き出しました。カトリーヌさんは映画『シェルブールの雨傘』(64年)のヒットで世界的注目を集め、『昼顔』(67年)、『インドシナ』(92年)など数々の代表作で知られる、フランスの女優です。

 僕が『真実』の主人公として設定したのは、伝説的な女優でした。日本でも、アメリカでも、ヨーロッパでも構わなかったのですが、1国の映画史を1人で背負えるほどの大物を想定していました。ところが実際にそういうキャリアの重ね方をしている現役の女優は、世界中見わたしてもカトリーヌ・ドヌーブ以外見当たらない。彼女なら自分のキャリアに重ねて、主人公をリアルに演じられるのではないか。出演交渉は大変そうでしたが、どうせ山に登るなら1番険しい山がいい。フランスで映画を撮ったのは、彼女がいたからです。


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 映画『真実』完成までを綴った書き下ろし書籍「こんな雨の日に」も刊行
 是枝裕和監督による日仏合作映画『真実』が、10月11日から全国で公開される。フランスの国民的大女優ファビエンヌが自叙伝を出版するが、その内容は嘘ばかり。出版祝いのためアメリカからパリへ帰省した娘リュミールは、母に真意を問う――。
 母と娘の間に秘められた《真実》を巡って展開する本作では、ファビエンヌをカトリーヌ・ドヌーブ、リュミールを『イングリッシュ・ペイシェント』(96年)でアカデミー助演女優賞を受賞し、『ショコラ』(2000年)でオスカーに再びノミネートされたジュリエット・ビノシュが演じる。
 スタッフもほぼすべてフランス人で固められ、10週間にわたってフランスでロケが行われた。全編海外での撮影は是枝監督にとってはじめての試みだ。

 ある職業の人物を映画で描くときは実際にその職業に就いている人に前もって取材するのが僕のやり方です。今回の映画は「女優とは何か、演じるとは何か」をテーマとしているので、カトリーヌさんにインタビューしました。

 脚本には、その内容を盛り込んでいます。少し心配したのは彼女の反応です。自伝ではないので、フィクションに落とし込む形でインタビューを使いましたが、それでも彼女のパーソナリティーを活かし、彼女自身の人生観や演技論も重ねて書きました。事前に脚本を見せたフランスの配給会社のプロデューサーにも「弁護士を用意しておいたほうがいいよ」と冗談で言われたんですが。

「私はパリから出たくない」

 脚本の第1稿を読んだ彼女の感想は「(演じるファビエンヌと)私とは全然違う」というものでした。彼女にも娘がいるのですが、「私と娘の関係はすごく良好だし、この脚本のような状況は全くない」と。実際、彼女は本当に幸せそうに見えました。「別れた男は誰一人、私のことを恨んでいない」と言い切っていましたからね(笑)。

 心情的なディテールに関する台詞について「ダメ」と言われたことはありません。言われたのは、「私の役の描写が古い。『サンセット大通り』(1950年公開のアメリカ映画。往年の大女優が過去の栄光にしがみつき、悲劇的な結末に至るフィルム・ノワール)に出てくる女優に近い。20年は現代化したほうがいいわね」とか「役名を変えてほしい」といったことです。当初、役名は彼女の名前と同じ「カトリーヌ」で、映画の仮タイトルも『真実のカトリーヌ』でした。要望を受け入れて、役名をファビエンヌに変更しました。といってもファビエンヌは彼女のミドルネームで、なぜカトリーヌはダメで、ファビエンヌはOKなのかはわかりません。感覚的なものなのでしょう。

「撮影場所はパリよね。私はパリから出たくない」という注文もありました。仕事が終わったらすぐに飲みに行きたいからだと思うんですが。パリ郊外はもちろんダメ、パリ市内の候補を提案しても「そこはパリじゃない」と一蹴される。パリと言っても、彼女にとってのパリは自宅のある6区から犬の散歩で移動できる範囲なんじゃないか、と。撮影場所選びには苦労しましたが、何とかパリ14区にイメージ通りの戸建てを見つけることができました。

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 カトリーヌ・ドヌーブ/L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

 彼女は、嫌いなことは嫌い、好きなことは好きとはっきり言います。その姿勢を75年押し通してきたから、今さら変えられないわけです。いくら喫煙が嫌われる時代であろうと吸いたいときに吸いたい場所で煙草を吸う。自由奔放ですが、チャーミングで、目が離せなくなる。そんな女優ですね。

 はじめてフランスで映画を撮影するので、最初は不安もありました。まず僕はフランス語ができません。フランス人の役者、スタッフを相手にコミュニケーションが取れるのか。うまく演出できるのか。実際にやってみるまでわかりませんでしたが、不安はすぐに払拭されました。

 そのきっかけの1つは、オーディションです。自分が書いた脚本を演じてもらえば、たとえ言葉はわからなくても、セリフのリズム、かけ合いのテンポの良し悪し、要するにうまいか下手かはわかりました。たとえば「セリフをもう少し丸く言って下さい」と、あえて抽象的な指示を出して、もう一度演技してもらうと、実際に丸くなっている。

 評価の判断基準を変えれば十分やっていけると気がついて、だいぶ気が楽になりました。海外の映画祭では字幕なしで映画を見るので意味は正確にはわかりません。しかし、逆に字幕を追わずに済むので芝居に集中できます。そのおかげで、編集のリズムや、芝居の良し悪しがストレートにわかる。その感覚に近いですね。

デタラメなセリフで芝居する

 とはいえ困ったこともありました。カトリーヌさんが、とてもいいリズムで、セリフとまったく違う内容を言うことがしばしばあったからです(笑)。そもそも彼女は撮影日までにセリフを覚えてきません。撮影現場にも予定時間を遅れて昼過ぎに現れ、ロックミュージックをガンガン鳴らした楽屋でメイクをしながらたぶんはじめて台本を開きます。だから、お芝居もはじめのうちはセリフがメチャクチャなんです。ところが、こちらはフランス語がわからないので、セリフが間違っていても、NGだと判断できません。しかもリズムはいい。「カット」をかけ、通訳のレア・ル・ディムナさんに「今の演技、よかったね」と声をかけても「セリフがまったく成り立っていません」と返答され、何度もヒヤッとしました。

 現場通訳のレアさんは、これまでも僕の通訳を務めてくれたり、字幕を付けてくれたりとお世話になった日仏ハーフの女性です。彼女のおかげで、ストレスなく役者やスタッフとコミュニケーションが取れました。逆に言えば、彼女がいなければこのプロジェクトは進められなかったと思えるほどです。

 カトリーヌさんは、僕を困らせるために、デタラメなセリフを言っていたのではありません。撮影現場で共演者との芝居のリズムをつかんでからセリフを覚えるのが彼女の流儀なんです。それで8回から10回テイクを重ねるうち、本当に素晴らしいテイクが1回ある。彼女自身もそれで満足で「今以上のものは私から出てこない。もうやらないわよ」とキッパリ。しかも仕事の後にディナーの約束があるときは、その1回が早くなる(笑)。

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 是枝監督とジュリエット・ビノシュ

 ジュリエット・ビノシュさんは対照的に、すでにいいお芝居をしていても、もっといいものを目指して何度もテイクを重ねようとしていました。カトリーヌさんとビノシュさんはどちらもフランスを代表する女優ですが、演技に向かい合うスタンスは全然違います。共演するのは今回が初めてでしたが相性はとても良かったんじゃないですかね。

 カトリーヌさんと同じタイプの役者さんは他にもいます。斉藤由貴さんがそうです。2014年に三谷幸喜さんの作・演出の舞台『紫式部ダイアリー』の稽古を見学させてもらったことがあります。長澤まさみさんと斉藤さんの2人芝居なのですが、台本を見ながら稽古を見ていると、2人の掛け合いはスムーズなのに斉藤さんだけ台本とまったく違うことを言っていました。ご本人は「そのうち入ります」と言うし、三谷さんも「斉藤さんはそういう人です」と意に介していない様子。役のつかみ方は本当に人それぞれなんです。

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 今回、試写を見た人から「ドヌーブがときどき希林さんに見える」と言われました。樹木希林さんとカトリーヌさんではキャリアの積み方も、役作りの仕方も、かなり違います。しかし、共通点もある。2人とも自分がどう見えるかよりも、作品全体の中で、監督が目指すものにどれだけ自分が沿っているか、そのために何ができるかを考える視野の広い役者であることです。その点、私のような監督にとって仕事をしやすい女優さんです。2人とも毒舌家で、悪口をとても楽しそうに言う。でも、一緒にいると楽しいんです。

 カトリーヌさんの視野の広さを感じたのは、彼女から「つながった状態の編集を見せてほしい」と注文されたときです。「自分の芝居をチェックするためではなく、監督が目指している作品の世界観が知りたいから見たい」という要望でした。撮影が3分の1程度過ぎたときにつながった状態のものを渡したところ、「作品の持つユーモア、編集のリズム、自分が出演していない部分での男たちのありようがよくわかった。よかった」と言ってくれました。

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