文藝春秋digital記事TOP森喜朗

「安倍さんの続投しかない」森喜朗、東京2020と政局を大いに語る。

「私はオリンピックの直前に83歳になります。いつ倒れてもいつ死んでもおかしくない。だから、残りの人生、オリンピックのため、日本のために奉仕する」。はいかま宣告、そして人工透析……満身創痍の体で憂国の想いを語り尽くした。/文・森喜朗(東京五輪・パラリンピック組織委員会会長)

残りの人生は世のために尽くす

 腎機能が低下してしまって、昨年の2月から遂に人工透析だよ。週3日、病院で3時間か3時間半かけてやっている。「大変ですね」とよく言われるけれど、透析をしている時間は“休養”みたいなものなんです。どんなに前の日にオーバーワークしても、透析しながら3時間もグーグー寝れば、元気になる。ものは考えようだよ。

 透析が終わってからの仕事はちょっとしんどいけど、秘書にはうるさく言っているんです。「『会長が病院に行っているから、大事なことが決められなかった』とは絶対に言わせるな」と。私の病気のせいでみんなに迷惑はかけられない。週に3日は時間を取られるけれど、まぁ上手に使えば問題ありません。

使用_NS49036

森氏

 2015年には肺がんの宣告を受けました。幸いなことに、「オプジーボ」という免疫を高める薬が効いたけれど、先日検査をしたら、今度は心臓の数値が悪くなっていた。私はオリンピックの直前に83歳になります。いつ倒れてもいつ死んでもおかしくない。

 だから、残りの人生、オリンピックのため、日本のために奉仕する。これが今の生きがいなんです。どこかの雑誌に組織委員会会長の報酬は推定で年間2400万円と書いてありましたが、14年1月に就任して以来、この6年間、一銭ももらっていない。お金には何の未練もありません。身を粉にして一生懸命やるだけですから。

 自分のことは後回しにして人のために、世のために尽くす――それは、父親の教えでもあるんです。私が生まれたのは、支那事変が起きた1937年ですが、生後3カ月の時に父親は出征したので、物心ついた時はもう家にいなかった。抱っこされた記憶もありません。その父親が戦争が終わると、小学2年生の私に言ったんです。

「お父さんが元気に帰ってきたのは恥ずかしいことなんだ。部下も仲間も大勢の人が死んだ。だから、その人たちのために身を挺して日本を再建しなきゃならん」

 この言葉が忘れられない。そんな親父に恥だけはかかせちゃいかん、その一心で生きてきました。

 ただね、日本のこれからを思うと、気がかりなことも多い。オリンピックは平和の祭典にしなければいけないけれど、国際情勢はどんどん不安定になっている。その中で日本ができることは何なのか。与野党の政治家にはもっともっと本気で議論してもらいたいと思うんです。

バッハ会長との激しい議論

 まずはオリンピックの話からしましょうか。ここまで来るには色々とありましたよ。組織委員会の会長として、IOCとも妥協なしで向き合ってきた。どうも日本人は外国の人に卑屈になるところがある。私が図々しいだけかもしれないけれど、自分は言いたいことを言ってきた。大事だと思えば、根回しもする。そのためには、何より人間関係を築いておくことが大事なんです。

 実は、昨年6月の大阪G20でバッハ会長と激しく議論をしたんだ。バッハがG20で演説することになってたので、スイスのローザンヌに行き、原稿を事前に見せてもらったら、韓国と北朝鮮の合同チームのことが書いてあった。安倍晋三総理が議長を務めるG20、しかも日本で、そんな演説を認めるわけにはいかない。「これは全部外して下さい。政治利用以外の何物でもない」と申し上げた。そうしたらバッハは不満そうでした。

森とバッハ 共同 2019102303631

IOCのバッハ会長と

 2人で30分くらい主張し合っていたけど、最後はバッハが「その部分は全部削除します。森との友情を大事にしたいから」と言ってくれた。外務省に伝えたら、大喜びでした。代わりに私から安倍さんにお願いして、挨拶ではバッハの心情をたたえたまとめをしてもらいました。バッハもいい恰好ができたはずです。

根回しを重ねた札幌移転問題

 マラソンの札幌移転はまだ生々しいから話しにくいんだけど……これもきちんとした経緯があるんです。あの時、小池百合子都知事が「最後に知らされた」なんて怒っておられましたが、彼女のパフォーマンスですよ。

 最初は昨年の10月11日、バッハの命を受けたコーツ調整委員長が直接電話をかけてきた。「ドーハ世界陸上の女子マラソンは選手の4割、30人近くが棄権した。東京をドーハの二の舞にはしたくない。30人どころか1人倒れても、世論は森会長や小池都知事を許さないだろう」と。だからマラソンを札幌に移転することをIOCで決めたというのです。

画像3

 これは重大な問題だ、自分がやらなきゃいけないことは何か、と考えました。私は物事をラグビーに喩えるのが好きなんだけど、学生時代は、司令塔であるスタンドオフだった。ボールを右へ出すのか、左へ出すのか、蹴って出すのか、突っ込むのか。瞬間的な判断をするのは、スタンドオフの役割だ。今回もそういう瞬時の判断力が求められる局面でした。しかも時間がない。

 マラソンを楽しみにしていたコースの沿道におられる都民の皆さんは必ずや反発されるだろう、と真っ先に頭に浮かんだ。彼らにいつ、どう説明するのか。政府に先に言うのか、自民党に先に言うのか。そういう問題もある。その順序を間違えたら、政局にも影響する。場合によっては、政府の失態と批判されかねない。現時点では詳細は話せないが、そこを最も慎重に対応した。

 同時に政府の誰に何を話しておくべきか、を考えました。ただ、五輪担当大臣の橋本聖子さんは北海道が地元。我田引水と受け止められたら、彼女に傷がつく。だから橋本さんには言わないほうがいい。それで、まず安倍総理と菅義偉官房長官に話を伝え、了解を得ました。警備の問題も出てくるけれど、官房長官に話しておけば、警官の配置などは全部動かせますからね。

 もう1つは北海道が受けてくれるかどうか。重要だったのは、30年以上、北海道マラソンを主導してきた北海道新聞の意向です。道新がノーと言い出したら、札幌でマラソンなどできない。私はすぐに北海道に飛びました。表向きは道知事と札幌市長にお願いの挨拶に行った形にして、実際は道新の社長と協議したんです。そうしたら、道新もむしろ有難いということで全面協力を約束してくれました。こういうことは、ちゃんと自分の口で話し、自分の耳で聞いてくるというのが大事なんです。

 そうやって要所要所に根回しをしたうえで、あいにく土曜から日本は3連休に入った。ところがコーツは「17日にドーハでIOCの会議があるから、そこまでにきちんと決めてくれ」と急き立ててきた。それで週明けの15日、電話で報告というわけにはいかないので、組織委の武藤敏郎事務総長に使いに出てもらい、小池さんに話をしたというわけです。その翌日、私はもう1度武藤さんと都庁に赴き、小池さんに「札幌でやるしかない」と申し上げた。それでも、彼女は事前に知らされていなかったことにかなり不満そうだったから、コーツに「すぐ都知事に直接電話をしなさい」と伝えた。それでコーツは2度彼女に電話をした、と言っておられました。

 しかし、小池さんに先に相談したところで、まとめ上げることができたか。その場合、自民党の都議や区議の力だって借りないといけない。小池さんの最も不得手なところですよ。これまでの紆余曲折からしても、小池さんを頼っても仕方がない――そのくらいのことはバッハもコーツもよく分かっていたわけです。

画像4

 私は順序、段取りに関して間違っていたとは思いません。IOCは会場変更の優先権を持っている。負担の問題を明確にしておく。都への見返りの条件を約束するなど、コーツも加えた4者協議を開き合意した。これほど丁寧なやり方はなかったと思っている。もちろん私でなきゃできなかった、とは言わない。ただ、バッハやコーツ、政府や党、議会などへは電話で話ができる関係がないと、まとめることはできなかったでしょうね。

小池都知事が総裁選に?

使用_20160831BN00130_アーカイブより

小池都知事

 思えば、小池さんとは因縁があります。そもそも小池さんが16年夏の都知事選で、都議会や組織委員会をターゲットにしたところから始まっている。なぜだか知らないけれど、「悪の巣窟」とか「伏魔殿」とか仰っておられた。それが選挙用の戦術だったのでしょう。

 小池さんが当選した直後、私はリオデジャネイロ五輪の開会式に出ていたんです。ところが、彼女も知事になっていきなりリオに行くというから、その前の日にリオから急いで帰り、知事に当選された小池さんと初めてお会いしました。その時、私はこう申し上げた。「組織委員会が悪の巣窟というのは訂正してもらわないと困る。組織委の4割は都から派遣されてきた職員だろ。みんな、あなたの部下じゃないの」と。小池さんは「はい、はい」という感じでしたが、それ以後も謝っておられない。

 その頃に比べると、今はひたすら自重しておられるんじゃないんですか。オリンピックの時には何としても知事をやっていたいのでしょう。次の都知事選には、自民党は対抗馬を出せるかどうか、官邸も二階俊博幹事長も五輪までは静かに行きたい気持ちが強まっている感じですよ。私から見れば、丸川(珠代)さんなんか五輪担当大臣もやっていたし、そのまま都知事をやっても面白かったと思います。まぁ都知事というのは資質というより、選挙での人気投票みたいなものです。実務は不公正、不公平にならないように、いろんな団体ときちんと調整していく能力が求められますからね。

カンバン_森喜朗_NS49063

 ただ、小池さんも事と次第によっては、次の自民党総裁選に出馬できないこともない。前回の都知事選に出る時に離党したことになっているけど、まだ党籍が残っているんじゃないのかな。ハッキリとは分かりませんが。

ここで総理を辞めてもらっては困る

 次の総裁選がどうなるか。私はもう政治家を引退した身ですけれど、長く政治に携わってきた一政治経験者として、敢えて申し上げれば、岸田文雄さん、石破茂さん、加藤勝信さん、茂木敏充さん、河野太郎さん、小泉進次郎さん……マスコミが予想しているポスト安倍と言われる人たちの中に「絶対に良い」と言い切れる人はいません。しかし、安倍さんの総裁任期はあと1年7カ月で切れる。自民党として誰かを選ばなきゃいけない。

使用_安倍 BAZA_トリミング済み

 では、どうするか。はっきり言ってしまうと、安倍さんに続けてもらうことが、最も国益に適う。安倍政権は今、野党やメディアから「桜を見る会」やカジノの問題で叩かれていますが、これだけ叩かれても、支持率がそんなに下がらない。つまり、安倍さんに代えてこの人にやらせたいとか、この党に政権を任せたいとか、そういう期待が国民にはないということでしょう。

 私のように安倍さんの身内のような立場、安倍さんを育ててきた立場から言えば、こんなところで総理を辞めてもらっては困るよ、という気持ちもあるんです。

 国際情勢を見て下さい。米中の覇権争いが世界を混乱させていますが、トランプ大統領のトランプファースト主義はこの先も変わらないでしょう。小池さんと似て、ターゲットを作って攻撃していくやり方です。トランプが大統領になった時、プーチン大統領に「どう思いますか?」と尋ねたら、「あの人は政治家じゃない。実業家だ。そう見るしかない」と言っていた。米露の間にも色々な問題が横たわっていますが、トランプを警戒しているのか、あのロシアもあまり文句は言いませんよね。

 ヨーロッパを見ても、民主主義の元祖であるはずのイギリスがEUから離脱している。アジアはどうかと言えば、韓国も昔は親米、親日、反共でしたが、今の文在寅大統領の世代は非米、反日、親北に変わってきている。その韓国と北朝鮮が一緒になってしまったらどうなるか。日本は、友好国であるインド、パキスタンも含めて、核兵器を持つ国に囲まれることになる。

 インドは大事な国ですよ。私は、総理大臣だった00年8月、核開発問題で制裁を受けていたインドを10年ぶりに訪問したんです。アメリカは不満の意を伝えていましたが、インドはIT産業が集積して、親日度も高いから敢えて行きました。モディ首相は今でも「日本のモディは森さんです」と言ってくれているんだ。それが、現在の安倍・モディの強力な関係に繋がっています。

使用_NS49058

 私は総理の時、常に日本の外交の幅を広げることを考えていました。アフリカに渡った初の総理も、実は私なんです。イランのハタミ大統領も私が総理の時に初めて日本に招きました。ちょうどその時、アザデガン油田開発の交渉権を日本にくれたのですが、対イラン制裁を強化するアメリカの圧力を受けて、後にイランに返してしまった。その権益は今、中国が持っていますよ。

共産党がすごい政党になっている

 安倍さんはその森内閣で官房副長官でした。インドや中東、アフリカの重要性をよく分かっています。もちろん、トランプ大統領ともプーチン大統領とも良好な関係です。この世界情勢の中、主要国と直接話ができるのは安倍さんしかいない。新しい総理がいきなり「初めまして、まだ素人でございますが」と出て行って、厳しさを増す安全保障の問題が解決できるとは到底思えません。

 今の野党の弱さは、こういった国際情勢や安全保障の話ができる政治家がいないところにあります。今年は日米安全保障条約の改定から60年という節目の年ですが、例えば、アメリカの傘の下に居続けるのがいけないなら、中国から「日本の脅威にならない」という保証を取れるのか。韓国と北朝鮮が一体になった時、どうやって核の脅威から国民を守るのか。野党はこうしたことに何一つ明確に答えを出していない。子どもたちの未来のことを考えた時、こんな無責任な話はありませんよ。

 立憲民主党の枝野幸男代表はこの前の代表質問でも「安倍さん、潔く辞めなさい」などと言っていた。官僚出身の優秀な先生方もいらっしゃいますが、残念ながら、今の立憲民主党の中には古い革マル世代の方々がおられるやに聞きます。国民民主党との合流が最終的に実現できないのはそこにあると思いますけれど、そんな彼らに政権を渡したらどうなるのか。

 野党が国会で批判しているのは、桜を見る会とかそういう話ばかり。だいたい桜を見る会にしても、民主党政権時代はどうだったのか。それだけじゃない。野党の議員だって、陰では総理や官房長官に推薦を頼んでいるんです。安倍さんはそういうのを全部ひっくるめて、苦悶しながら責任を引き受けているんですよ。

画像9

 世界は大変なことになっているんだから、「難局を乗り切るために、安倍さん頑張って下さい。我々も支えるから」という野党の政治家に出てきてほしい。その意味でも、注目すべきは共産党でしょうね。ある意味ですごい政党になっている。暮らしと命を守る政党としてやってきたけど、1月の党大会で「覇権主義に反対」と中国共産党を非難しました。もともと日本の共産党は中国やソ連の共産党との関係で生まれたわけですが、その関係をすっぱり断ち切った。世界を騒がせている中国に対して距離を取らなければいけないと考えたのでしょう。それは共産党の野党連合への応援とみてよいですね。変幻自在。本質的に何か変わったのかもしれません。

そろそろ宏池会の皆さんを表舞台に

 当の安倍さん自身は、次期総理候補として岸田さんの名前をよく出しています。任期満了が目前に控えているのに、「次」に触れないほど無責任な話はありませんからね。だけど、石破さんの名前だけは出していない。

使用_20181105BN00125_トリミング済み_アーカイブより

岸田氏

 私が最初に幹事長になったのは、自民党が野党に転落した93年ですが、いの一番に逃げ出したのが、石破さんです。自民党に戻ってからもその姿勢は変わらない。派閥も都合の良い理由で出たり入ったりでしたね。石破さんとはそれほど縁がありませんが、2、3回彼と接触したことがあり、感じたのは、この人には情がないということです。そして根本的に「反安倍」ですから、「令和」の元号でさえ「違和感がある」と反対する。これは、人間性そのものの問題だと思いますね。

 岸田さんとは深く付き合っていますが、ハッキリ言えば、恥ずかしがり屋のところがある。なかなか自分を出そうとしない。ただ、余計なことかもしれないが、日本の将来を考えた時、この人には立派になってもらいたい、育ててあげたいという気持ちがあるんです。

 どういうことかと言うと、私はずっと反主流派だったんですね。69年に衆院選で初当選した時も、公認をもらえず無所属だった。その後福田派に入りましたが、しばらく田中派の時代が続いたわけです。でも反主流ほど楽しいものはなかった。政治の実態が一番分かるから。

 福田赳夫さんと田中角栄さんはソリが合わなかったけれど、安倍晋太郎、竹下登の2人は逆に「晋ちゃん」「竹ちゃん」と呼び合って、気持ち悪いくらいに仲が良かったんだ。だけど、中曽根さんの後継問題を安・竹・宮(宮澤喜一元総理)の3人で10時間以上も話し合っていた時、安倍さんがずっと優勢だったのに、竹下さんは最後まで「うん」と言わなかった。中曽根裁定で竹下さんが総理に指名されるわけですが、結局、「晋ちゃん」「竹ちゃん」も欺瞞の関係に過ぎなかったんです。

 その後、竹下派は分裂して、小沢一郎グループがいなくなるんだけど、これは天祐だと思ったね。何より、自民党に残った小渕恵三と私は同い年で、ともに早大雄弁会出身。60年間兄弟みたいなものだった。安倍と竹下は点と点だったけど、森と小渕は面と面で行くべきだと考えた。小渕さんもそう思っていた。清和会と平成研が協力することで党は安定して、今日に至っています。

 この間、ずっと日の目を見ていないのが宏池会です。でも宏池会には優秀な人材が多い。その皆さんを表舞台に立てるようにしてあげることが、私の政治信条なんだ。政策が豊かで、大きな派閥がしっかり支えてくれる人。清和会とも平成研ともうまくやれる人。麻生派、二階派という主流2派とも協力していける人。その条件を満たす候補者を選んだら、岸田さんしかいないじゃないですか。そう考えると、岸田さんを応援し続けている安倍さんは、いい選択をされていると思う。

使用_NS49047

ここから先は、有料コンテンツになります。記事を単品で購入するよりも、月額900円の定期購読マガジン「文藝春秋digital<シェアしたくなる教養メディア>」の方がおトクです。今後、定期購読していただいた方限定のイベントなども予定しています。

★2020年3月号(2月配信)記事の目次はこちら

続きをみるには

残り 4,167字 / 4画像
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください