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「大阪都構想」維新は“浮動票”を取り込めるか|三浦瑠麗

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※本連載は第45回です。最初から読む方はこちら。  

 前回は、日本の人びとは非常に自律性が高い国民であること、意識調査によっては、設問を少し変えるだけでまったく違う結果を導き出すことが可能であるということについて書きました。

 世界価値観調査の設問では、本音よりも建前の方が前面に出ます。「国民皆が安心して暮らせるよう」という前置きは、人々を一定方向に誘導するものですし、この選択肢を選ぶことは心地よい。ただ、建前も人々の価値観のうちですから、それに意味がないわけではありません。重要なのは、人々の本音と建前の双方を理解したうえで、適切な政策をどのように浸透させるかを考えることでしょう。例えば、選挙の争点になる問題なのかどうか。選挙の争点になりにくい問題であれば、マイルドな改革にコンセンサスを調達することも容易なはずです。民意を直接調達せずとも、物事を進めていくうち後から民意が変わるケースも存在します。しんどいのは、2回目の住民投票を控えた大阪都構想のように大胆な改革を進めたい場合です。

 大阪に関しては、山猫総合研究所は過去に統一地方選前に意識調査を行っています。大阪の事例は、数年にわたる都構想や維新運動をめぐる政治が世論に確実に影響を及ぼしていることを確認するうえで格好の材料です。以下では、2019年3月に行った当該調査の内容をご紹介しましょう。

 維新は、2015年の住民投票で1%の僅差で敗北しました。その時の教訓とは、抽象的な機構改革案は分かりづらいということでした。結果論ですが、住民投票で普段の選挙よりも投票率が上がった分は反対票が多く投じられたことが分かっています。住民投票の直前には、恐怖を掻き立てるような対抗キャンペーンが加速しました。とりわけ、街の名前や身近な行政サービスが失われるのではないかというメッセージが大きな役割を果たしました。

 維新運動や都構想はそもそも、縮小に向かう日本の地方の実情を反映して沸き起こってきたものです。より直接的には公務員の既得権などがクローズアップされましたが、二重行政が問題になったのは経済も人口の規模も縮小する時代だからだと考えれば合点がゆきます。現状維持を図るだけでは生き残れないという強い懸念が、維新運動の背景には存在していたと考えるべきでしょう。

 したがって、政治運動としての維新ムーブメントは、初期に大事なメッセージであった既得権を削るコストカット、クリーンさのアピール、行政における適切な手続きの確立などのメッセージに加えて、今後の成長という課題を前面に出してくるようになりました。そして、成長にそこまでの強いこだわりを持たない有権者にも訴求するため、「先に改革を実感してもらう」方向へと舵を切ります。2015年秋のW選では「改革を前に進めるのか過去に戻すのか」というメッセージを採用し、2019年春のW選では「このまま松井吉村のセットを続けよう」「10年前の大阪に戻すな」というメッセージで戦ったことは、都構想の中身を訴えるよりもはるかに有権者にアピールできたと考えられます。

 改革の果実を先取りして味わってもらうことで、彼らが政治生命をかけた都構想に賛同してもらう。このやり方は少なくとも維新による統治を続けるうえでは成功を収めています。問題は、選挙ではついてくる票が、住民投票において賛成票として投じられるのかどうかです。以下では維新への支持がどのような理由によって調達されているのか、住民投票で勝敗を分けるであろう浮動票はどのようなロジックに基づいて投じられるのかということを分析してみましょう。

 維新は長いこと地方で政権を獲っていますから、岩盤支持層が既に存在します。この岩盤支持層は選挙のたびに投票に行き、国政選挙であれ地方の選挙であれ必ず維新に票を投じる人々です。それに加えて、維新に寄せられる支持には地方政治においてのみ維新を支持する「大阪維新支持」層が存在します。この「大阪維新支持」層の多くは自民党支持者です。国政選挙の比例では自民党に入れたが、地方の選挙では必ず維新に入れる人たちということです。彼らは国政選挙でも人によっては維新候補に入れる場合があり、2019年参院選での圧倒的な維新の得票はこの層に支えられています。

 対抗陣営に関しては、岩盤反対層なるものが存在します。この人々は毎回選挙に行って、維新以外の候補に必ず票を入れます。なかには自民支持者もいれば共産党、公明党支持者もいます。共通するのは、維新だけには絶対入れないという点です。逆に、選挙に無関心でまったく投票に行かないという層も存在しますが、この層は分析しても意味がないので通常は分析から除外します。

 最も重要なのが浮動層です。選挙に必ず行くとは限らない人々。維新に入れてみたり、あるいはほかの党の候補に入れてみたり、投票のロジックが定まらない人々です。この層はいわゆる無党派層全般と、大阪において民主党系勢力が壊滅的になったため、そのかつての支持者とを含んでいます。選挙や住民投票で大切な視点は、浮動票をすべて取ろうとするのは無理であることを両陣営が認識すること。浮動層の中でどのような傾向を持つ有権者が自らを支持してくれるのかを見極め、そこに的を絞ったメッセージを加えていくことです。

 地方政治では維新を支持し続けてきた大阪維新支持層は男性が7割と圧倒的に多く、岩盤支持層は60代以上のやや保守よりの高齢者がボリュームゾーンです。彼らには景気上昇の実感はあまりなく、縮小均衡に向かう大阪に危機感を覚えていることが窺えます。

 浮動層は全体としてみれば、安全保障・経済・社会政策でややリベラル寄りの傾向を持っています。投票行動との相関を分析してみると、そのなかでも維新が取り込めるのは安全保障面でリアリズムを持ち、経済では成長を志向する人々。経済成長や民営化による具体的な果実を望む人たちであることが分かります。課税強化は望んでおらず、コストカットよりも成長のイメージに惹きつけられる人びとであることがポイントです。

 2019年春の統一地方選では、維新が公明党との軋轢から出直しW選挙を選んだ経緯があり、当初は選挙を行うことに対する批判の声が大きく聞こえていました。しかし、選挙戦が進むにつれ、二重行政の解消、民営化、万博、IRといった浮動票に訴求力のあるメッセージに重点が置かれ、集票効果を上げました。維新の政策の中でも、高校無償化や知事・市長などの報酬カットは評価は高くとも浮動票の積み増しには効果がないことがすでに分かっています。むしろ成長志向によって、縮小均衡に向かう大阪に危機感を持つ人々や、明るいメッセージを好む人々を惹きつける効果が絶大であったということです。

 下のグラフは、大阪市の浮動票のうちどのようなものを好む人が維新支持に惹きつけられているかを可視化したものです。「本音」と書かれた縦軸は、維新が掲げる個々の論点に同意している度合いと実際にどれだけ頻繁に維新に投票しているかの相関の値を示しています。横軸は、それぞれの論点に同意している絶対値の平均を表しています。つまり、二重行政の解消がもっとも訴求力が高く票を動員でき、交通民営化や万博誘致も支持を広げるのに役立つということです。予算を透明化したという評価や大阪全般に関する改善実感はまだまだであり、IRに対する支持も道半ばですが、少なくともそれに同意している有権者は維新に投票する傾向が強い。グラフの右下には首長の報酬カットの項目があります。建前としての支持は高くとも、本音を見れば投票には全く役立たないことがわかります。このように、適切な調査設計と分析は人々の建前と本音が乖離している事案を見抜き、可視化することができるのです。

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 住民投票では、岩盤支持層、大阪維新支持層、岩盤反対層の票の行き先ははじめから分かっています。勝つために重要なのは、自陣営の支持層の投票率を上げ、相手陣営の支持層の投票率を下げること。そして、何よりも浮動層のなかで自らの主張に賛同してくれる票を確実に取りに行くことです。

 岩盤反対層の分析は、実は簡単です。具体的に良さを実感した改革(交通民営化など)については事後的に評価する一方で、民営化一般には反対傾向にある。どちらかというとバラマキ志向であり、行政コスト削減には反応するが、二重行政解消には反対します。変化を嫌がる一方でフォロワー傾向もあり、維新がこの層を取り込むことはあり得ません。

 しかし、住民投票で反対票を投じる浮動層に関しては分析が難しい。浮動層は全般的にリベラルよりの傾向はあれど、維新支持者と大きく変わる価値観を持っているわけではないからです。どの政策志向も少しずつ維新支持者に比べてマイルドであるにすぎない。政策理念というよりも、個別具体的な「○○がなくなる」といった主張に賛同しやすい人たちであることはそれによって説明できます。

 せんじ詰めれば、現状維持か成長か。縮小均衡時代に対する危機感が有権者の都構想への賛否を分けていることが分かります。11月1日の住民投票の帰趨を見守りたいと思います。

★次週に続く。

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。

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