出口さんカンバン

出口治明の歴史解説! アフリカ大陸の運命を変えた「病原菌」

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2020年1月のテーマは、「リーダー」です。

★前回の記事はこちら。
※本連載は第12回です。最初から読む方はこちら。

【質問】この連載で、平清盛は優れたリーダーだったのに『平家物語』のせいで評価が低い、というお話がありました。逆に、評価が高すぎるリーダーはいますか?

 会社内の評判と同じです。人物評価というのは見る側の立場によるので、個人的には評価が高すぎるやろ、と思う歴史上のリーダーは山ほどいます。

 ユスティニアヌス1世(483~565)はその好例ではないでしょうか。東ローマ帝国(ビザンツ帝国)ユスティニアヌス朝の第2代目の皇帝です。

 彼は後世に「大帝」と呼ばれ称えられました。しかし実際は、かなり愚かな皇帝で国を衰退させたリーダーの典型だと僕は考えています。

 ローマ帝国が395年に室町幕府のような東西分割統治システムを採用したことは、昨年12月の講義で解説しました。3世紀に地球の気候変動が起こり、大規模な民族移動が起き大帝国を分割統治することになったのです。多くの諸部族がローマ帝国になだれ込み、ローマ帝国は貧しかった西側を捨て、穀倉地帯のエジプトに近いコンスタンティノープル(現・イスタンブール)を中心とした東側を守ることに決めたのです。

 ユスティニアヌス1世は、527年から38年間にわたって皇帝を務めました。彼は「不眠不休王」と呼ばれたほどのワーカホリッカーで、古代ローマ法の集大成『ローマ法大全』の編纂を命じるなど、たしかによく働いたようです。

 彼のどこが愚かかといえば、諸部族に奪われた西側の領土を取り戻してあの古代ローマ帝国を「復活」させようと考えた点です。100年以上前に捨てた西側は、476年に滅んでいました。彼が皇帝になる50年ほど前のことです。

 豊かな東側の土地を中心にまとまろうとしていた東ローマ帝国が、いまさら貧しい西側を手に入れても、何の得にもなりません。それでも「古きローマ帝国を取り戻したるぞ!」と頑張ったのは、プライドを満たしたいだけです。誇大妄想に取りつかれていたといっても過言ではありません。

 彼は、ゲルマン人の傭兵を主力とする軍隊を派遣して、北アフリカのヴァンダル王国を滅ぼし(534)、さらにイタリア全域を支配していた東ゴート王国の征服(553)に20年近くもかけました。 西ゴート王国の内乱に乗じてイベリア半島の南端部を奪い取ったものの(555)、東側ではサーサーン朝ペルシヤと戦って、劣勢に陥って和平条約を結びます(562)。

 戦争を繰り返している間に、東ローマ帝国はどんどん疲弊していきました。西側を捨ててせっかく力を蓄えたのに、ユスティニアヌス1世の時代に東西へ遠征し、国内ではハギア・ソフィア大聖堂(現アヤソフィア博物館)の再建など建設事業にカネをつぎ込み、国の財政は破綻します。

 獲得したイタリア半島は長い戦乱でほぼ壊滅しており、その復旧には莫大な支援が必要になりました。西側の領土を取り戻したことはむしろ財政的な負担になりました。そうなると、市民は増税に苦しむことになります。彼のあと東ローマ帝国は衰退への道をましぐらに進んでいきました。やがて肥沃なシリアやエジプトを失い国家としての勢いを失うのです。もっとも10世紀にマケドニア朝のもとで復活して最盛期を現出はしますが。

 もうすっかり時代は変わったのに、「強いローマ帝国を取り戻すで!」という誇大妄想が大きな過ちを招いたのです。戦争の体験が風化するのと同じで、50年ぐらい経つと過去に学ばない人が出てくるのです。

 そんなユスティニアヌス1世が「大帝」とあがめられているのはなぜか。それは、キリスト教から見た異教徒たちを弾圧したからです。

 彼は伝統的な多神教を否定し、アテネにあったアカデメイアやリュケイオンを閉鎖しました。アカデメイアは紀元前387年頃にプラトンが開設し、リュケイオンは紀元前335年にアリストテレスが開設した古代ギリシアから連綿と続いた学園です。学者たちは追放され、そのほとんどはサーサーン朝に移住しました。歴史と伝統のある学問や文化が失われたのです。同様にユダヤ人、サマリア人、マニ教徒なども弾圧されました。

 つまりユスティニアヌス1世は、異教徒を弾圧したのでキリスト教の世界から見れば「大帝」ということです。当時のローマ帝国市民や異教徒たちに言わせれば、これ以上ない愚かなリーダーだったと思います。

【特別編】いま、中国を発生源とする新型肺炎ウイルスが日本やそのほかの国でも蔓延しつつあります。今回のウイルスがどれだけ拡大するのかわかりませんが、病原菌が世界の歴史を変えてしまったことはありますか。

 病原菌が歴史を変えてしまったことはたくさんあります。一つをあげるとするなら、大陸の人口が激減してしまったアメリカとアフリカの例がいいでしょう。

 簡単に理解するには、クリストバル・コロン(1451?~1506)による「アメリカ大陸への到達」を知らないといけません。コロンとは、日本ではずっと、「コロンブス」と呼ばれてきた人物のことです。

 彼は1492年、スペインから大西洋を西へ進んで新大陸に到達します。このときは100人ほどのヨーロッパ人が、翌年には1500人ほどが新大陸に上陸しました。コロンの偉人伝だとここで話はおしまいですが、ここから悲劇が始まりました。

 コロンやほかの船員たちが、新大陸に病原菌を持ち込んだからです。コロンたちがゴホンと咳をしたことで、原住民にとって未知の病原菌がばら撒かれたのです。

 僕らはいま、中国で発生した新型肺炎ウイルスがものすごいスピードで蔓延しているというニュースを毎日見ていますが、理屈はこれと全く一緒です。中国で病気に感染した観光客やビジネスマンが、日本やほかの外国に出かけていって、その土地でゴホンと咳をする。そのことで、中国の外にどんどんウイルスが拡大していっている。これとまったく同じことがアメリカ大陸で起こったのです。

 なんで同じ病原菌を持っていてもヨーロッパ人は平気で、アメリカの人は死んでしまったのかというと、ヨーロッパ人には免疫があったのです。

 モンゴル帝国(1206~1368)が世界を征服して以降、ユーラシア大陸では人間の移動が盛んになり、それまでそれぞれの地域にしか生存しなかったウイルスなどが、人間を媒介として世界を行き交うようになりました。

 その代表は、ヨーロッパで人口の3分の1が死んだといわれるペストです。ペストの猛威の中、生き残ることができたのは、病気に強い免疫を持った人たちだけでした。

 極端にいえばヨーロッパの人間はウイルスやペスト菌にある程度強い人間しか生き残れなかったのです。そんな旧大陸の恐ろしい病気が一度も蔓延したことのないアメリカ大陸の人は、体内に免疫をもっていなかったわけですから、どうなるのかは分かり切ったことですよね。

 原住民がバタバタと死んでしまった新大陸では鉱山や農地で労働者が必要なのに、働ける人がいなくなりました。そこで、ヨーロッパ人は何を考えたのかというと、同じぐらいの緯度にあるアフリカ大陸から働き手を運び、奴隷として使うことを思いついたのです。これが奴隷貿易です。

 アフリカ各地のリーダーたちは、目先の利益しか考えずに若い男女がカネになると知って、どんどんヨーロッパ人に売り払って奴隷を「輸出」しました。このリーダーたちは、中長期的に見て自国の働き手がいなくなることは意識しませんでした。要するに奴隷を売ってカネや珍しい文物が入ってくる代わりに、自国の将来を担う若者たちがいなくなったのです。

 若い男女がいなくなったわけですから、子供が減少し人口も減っていきます。これが19世紀前半まで3世紀にもわたってつづいたのですから、アフリカの発展が大きく遅れたのも無理はありません。病原菌がアメリカ大陸とアフリカ大陸の運命を大きく変えてしまったのです。

(連載第12回)
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■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。

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