日本の保守論壇はなぜアメリカ大統領選挙をめぐって分裂したのか|辻田真佐憲
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日本の保守論壇はなぜアメリカ大統領選挙をめぐって分裂したのか|辻田真佐憲

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※本連載は第29回です。最初から読む方はこちら。

 アメリカ大統領選挙の結果をめぐって、保守論壇が揺れている。「バイデンで決まりだ」派と、「いや、バイデンは不正をしている(だからまだトランプに可能性がある)」派に、名だたる論客たちが分裂したからである。非難合戦は次第に熱を帯び、現在では、訴訟を示唆するものまであらわれている。

 このような信じがたい“大シスマ(分裂)”は、なぜ起きてしまったのか。それは、「共通の敵」を設定できなくなったからにほかならない。

 そもそも一口に保守派といっても、その内実は同床異夢だった。活動家からビジネス系まで、確固たる思想的バックボーンがあるわけでもなく、しかも昨今は新規参入が相次いでいた。そんななか、かれらは、民主党政権、朝日新聞、日教組、韓国、中国、北朝鮮、コミンテルン、あいちトリエンナーレなどをつぎつぎに敵と定め、フェイクニュースも撒き散らしながら無節操に攻撃することで、なんとか連帯を保っていたにすぎなかった。

「今の日本は、日本軍と反日軍の内戦状態にある」。先日文化功労者に選出された、作曲家のすぎやまこういちが民主党政権下に述べたこの言葉は、冗談めいてはいるものの、ある意味で昨今の保守論壇の状況を正確に描写していた。

 かれは、安倍晋三、西田昌司、稲田朋美、高市早苗、衛藤晟一、山谷えり子などを持ち上げるいっぽうで、民主党政権、NHK、朝日新聞、共同通信、沖縄タイムス、琉球新報などを厳しく批判していた(「国を守る!」『靖国神社崇敬奉賛会 平成23年度講演記録集』、「谷垣禎一総裁へ捧げる退場勧告」『正論』2011年1月号)。ウェブ上でこのような思考法のものを見つけるのは、今日それほど困難ではない。

 もとより、複雑な利害が交錯する組織や人間をズバッと2つに分割するなどできるはずもない。だからこそ膨張しつづける「日本軍」は、常に新鮮な「反日軍」のネタを求め、それが尽きると、共食いに陥らざるをえなかった。

 それに加えて、今回の“大シスマ”には、安全保障の問題も深く関係している。

 安全保障のリアリズムは保守論壇の古くからの看板だった。憲法9条さえあれば戦争にならずに済むという「お花畑」の左翼。これにたいして自分たちは、国際環境を冷静に見つめて、軍事・外交について現実的な思考を深めている。少なくとも、保守論客の多くはそのように主張してきた。そしてその主張は、中国の台頭、北朝鮮の核・ミサイル開発などで、年々現実味を帯び、徐々に支持を集めてきたのだった。

 しかるに、安っぽい陰謀論の横行は、この強みをみずから削ぎつつあった。隣国が崩壊する。そんな根拠不明の情報に欣喜雀躍する。これでは、かれらが批判するところの「お花畑左翼」と大差なく、安全保障を考えるうえでも害悪でしかなかった。

 なるほど「金正恩が死んだ」くらいならば、まだ許容範囲だったのかもしれない(実際、そういう主張が保守論壇の周辺に存在する。いまの「金正恩」は影武者らしい)。だが、さすがに今回は無理があった。アメリカの存在は、日本の安全保障を考えるうえで一丁目一番地。その元首の正統性に疑義を呈する陰謀論は、リアリズムの観点からするとたんなる足枷だろう。「リベラル勢力がバイデン支持なら、われわれはトランプ支持だ」式のドメスティックな左右対立の玉突きゲームは、ついに限界に達したのである。

 このような保守派の内訌は、リベラル派にとって笑い飛ばすべき対象だろうか。かならずしもそうとは思われない。かれら自身が、「アベ」「スガ」という「共通の敵」を設定して同じように団結しているからだけではない(日本学術会議の任命拒否問題にかんするあの盛り上がりは、「反アベ」の動員メソッドを「反スガ」のそれにも適用するための付替え作業だったと理解するとわかりやすい)。かれらが目下熱心に取り組んでいるところのハッシュタグ運動のたぐいが、ほとんど影響力をもっていないからだ。

 たしかに、ツイッターのトレンドに年数回、政治的なスローガンが出てくるくらいであれば、「これはなんだろう、クリックしてみよう」となるかもしれない。だが現実では、まるで“日替わりランチ”のように、「抗議します」「反対します」「支援します」と出てくる。これでは、「いつも駅前でなにか演説しているが、あれは無視してOK」とスルーされているひとと変わらなくなってしまう。

 だからこそ、あれだけ「共通の敵」を求めてやまない保守論壇にさえ、ハッシュタグは相手にされていないのである。今回の分裂騒動は、リベラル派がもはや新鮮な敵として認定されなくなるほど弱体化していることの証左でもあった。筆者はこういうときだからあえて、リベラル派はたとえば(現行憲法の一言一句に拘泥せず)安全保障をめぐる現実的な選択肢を提案してみるべきだと思うのだが、現在の状況ではむずかしいであろうか。

(連載第29回)
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■辻田真佐憲(つじた・まさのり/Masanori TSUJITA)
1984年、大阪府生まれ。作家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『天皇のお言葉』『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(以上、幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)、『愛国とレコード』(えにし書房)などがある。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)など多数。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。


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