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失業、逃亡、集団感染……コロナ・パニックで困窮する北関東の外国人労働者

経済を陰で支える労働力が切り捨てられる──。近年、外国人労働者の増加による国際化が進んでいる北関東一帯。群馬県伊勢崎市、館林市、茨城県結城市……コロナパニックに襲われた街のリアルを追った。/文・安田峰俊(ルポライター)

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安田氏

失踪と不法滞在化

2020年4月14日午後3時半ごろ、群馬県佐波郡玉村町で、20代のベトナム人男性HとDが自動車を路肩の境界ブロックに乗り上げさせる自損事故を起こした。

現場は新興住宅街だが、空き区画が多く非常に見通しがいい場所だ。それでも彼らが事故を起こしたのは酔っ払い運転のためだった。

「Hとは面識があります。彼らはどちらも、職場から失踪して不法滞在をしていた技能実習生なんです」

伊勢崎市内の食品加工工場に勤務する、ベトナム人技能実習生のフエ(仮名、27歳)はそう証言する。Hは現地のベトナム人労働者の間では顔が広い人物で、隣接する埼玉県本庄市にあるベトナム仏教寺院の行事にもしばしば参加していた。

「新型コロナウイルスが流行しだしてから、真っ先に仕事がなくなったのが不法滞在者です。Hたちはヒマを持て余して、昼間から8〜9人で集まって酒盛りをしていた。その帰り道で運転を誤ったようです」(フエ)

お尋ね者である不法滞在者のベトナム人が、なぜ白昼堂々と飲み会をおこない、自動車を乗り回していたのかは、多少の説明が必要だろう。

彼らはもともと、日本での職業技能の習得を名目として来日し、人手不足に悩む国内の非熟練労働の現場を支える外国人技能実習生だった。

だが、昨年1年間に国内で失踪した技能実習生が9000人以上にのぼったように、いまや彼らの間で失踪と不法滞在化は珍しいものではない。特にベトナム人の場合、来日費用として母国で多額の借金を負う例が多い。日本での労働が想像以上の低賃金で、返済が滞ることに嫌気がさして、彼らは失踪を選ぶのだ。

不法滞在者がコロナ感染

逃亡した技能実習生は、在日中国人から偽造の在留カードを購入するなどすれば、ひそかに建設現場などで働くことが可能になり、以前よりも高い収入を得られるようになる。

住居はベトナム人留学生や他の不法滞在者と複数人でシェアする。さらには自家用車すら、在日ベトナム人の人脈を通じて調達する者が多い(母国で国際免許証を取得していない限り、無免許運転である)。

正規の滞在資格を持つ技能実習生や留学生たちも、同じベトナム人であれば不法滞在者との接触に抵抗を持たない人が多い。彼らを結びつけるのはSNSだ。ネット上で、不法滞在者は「兵士(ボドイ)」と呼ばれている。

「フェイスブック上に『ボドイ・ナゴヤ(名古屋兵士)』など、日本の地名を冠したコミュニティが大量に存在します。いずれも、不法滞在者を中心にした在日ベトナム人の交流グループ。実習先からの逃亡についての情報も流れています」

ある在日ベトナム人の若者(23歳)はそう証言する。実際に確認してみると、たとえば「ボドイ・グンマ JAPAN 2018」という群馬県の不法滞在者のコミュニティはメンバー数が1.7万人で、1日の投稿件数は650件以上。車検証や銀行口座の売買や日本人との偽装結婚の斡旋など、さまざまな怪しげな情報が流れていた。

4月14日の午後、群馬県内で自損事故を起こしたHとDも、そんな「ボドイ」の若者だった。しかし彼らが不運だったのは、事故現場を警邏中のパトカーに発見されたことだ。

彼らは現場から走って逃げ出し、追う警官たちを振り切るべく、すぐ近くを通る旧街道との十字路にいきなり飛び出した。

結果、Hが通行中の乗用車と接触して負傷、そのまま警官に身柄を確保され、病院へ搬送される。いっぽう、Dは現場から逃走した。しかも、話はこれだけで終わらなかった。所轄の伊勢崎署の関係者は話す。

「轢かれた男は、搬送先の病院でのCT検査でも骨折は見つからなかった。しかし、思いがけず肺炎症状が確認された。急遽PCR検査をおこなったところ、新型コロナウイルス感染症の陽性反応が確認された」

結果、事故の捜査や救護にあたった署員6人が翌日からの自宅待機を余儀なくされ、伊勢崎署はちょっとしたパニックに見舞われた。

いっぽう、Hは隔離入院からの退院後、群馬県警により入管難民法違反(不法残留)の疑いで逮捕され、入管に引き渡された。現場から立ち去ったDも、4月20日に近隣の藤岡市内で逮捕された。幸いDのPCR検査の結果は陰性だった。

ちなみに、事件は複数の新聞で報じられたが、報道ではHらを「外国人」としか伝えず、ベトナム人不法滞在者とコロナの関係は市民に知らされていない。

その理由は、伊勢崎署が記者発表で容疑者の国籍を伏せ、さらに初動段階では彼らが不法滞在者であることすら公開しなかったためだ。これが妥当な判断かは首をかしげたくもなるが、伊勢崎署関係者は理由をこう説明している。

「近年、ベトナム人が一気に増加し、地元住民からは複雑な感情を示す声が出ていたところ。コロナ感染者の国籍やビザ状況を不用意に公表することで、外国人全体への偏見が強まる可能性を懸念した」

事実、近年の北関東一帯は外国人労働者の増加による国際化が進む。なかでも群馬県は、人口に占める外国人比率が全国3位の2.86%だ。これより上位の東京と愛知は大都市圏であり、牧歌的なイメージが強い群馬の外国人比率の高さには驚かされる。事故があった玉村町も、住民に外国人が占める比率は全国の町村のうち14位につく。

そうした場所で、日本人が充分に行動を把握できないベトナム人の不法滞在者が、たまたま交通事故に遭ったことでコロナ感染が判明した事件は、底知れぬ不穏さを感じさせる。また、事故前にHが酒席で濃厚接触したであろう、他のベトナム人の「ボドイ」たちの行方も、現在までほとんど明らかになっていない。

目に見えぬ感染クラスター

「玉村町の件以外でも、失踪した技能実習生が新型コロナウイルスに感染したという情報が入っている」

そう話すのは、在日ベトナム人労働者の支援をおこなうNPO・日越ともいき支援会代表の吉水慈豊だ。

吉水によれば5月上旬ごろ、不法滞在者3人と留学生1人にコロナ感染が広がったと会に連絡してきたベトナム人がいたが、やがて連絡が途絶えたという。感染者とされた4人は埼玉県内在住で、警察や入管の目を逃れて同じ部屋で生活していた。

このケースは感染の真偽を含めて不明点が多いが、在日ベトナム人の労働者や不法滞在者たちの内部で、コロナ蔓延の噂が囁かれていることは確かである。

4月22日には、千葉県柏市内で逮捕されたベトナム人不法滞在者の男性2人が微熱を訴え、PCR検査を受けたことが産経新聞で報じられている(結果はともに陰性)。

また、これは技能実習生の話だが、フェイスブック上の「ボドイ・グンマ」には、今年3月に東京都板橋区の食品加工工場に勤務する1994年生まれの男性Tが、咳と高熱・呼吸困難のためにコロナ感染検査を受けたとする投稿がみられる。Tと同じ寮に暮らす実習生は18人いるとされ、「ボドイ」コミュニティに情報が流れた点を見ても、不法滞在者と接点がある人たちだろう。

不法滞在者の多くは日本語が不自由で、感染予防や行動自粛に関する官公庁やメディアの情報を充分に受け取れない。お尋ね者の立場ゆえに近所付き合いはなく、健康保険の未加入や公的機関への警戒心ゆえに、体調不良を覚えても医療機関を受診したがらない。

日本社会からは目に見えない存在である「ボドイ」たちは、国内の防疫システムが捕捉できない感染クラスターを生みやすい環境にある。

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