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都医師会長の警告 「無為無策」「責任回避」の安倍政権が日本を壊す

いったんは収まる気配をみせていた新型コロナウイルスが、猛威を振るい始めた。7月に入って東京都の1日当たりの感染者数は瞬く間に300人台に達し、事態は深刻化するばかりだ。

緊急事態宣言を解除して以降、経済優先策に舵を切ったかにみえる政府だが、具体的な感染防御策となると一向に見えてこない。東京で蔓延すれば日本全国に飛び火するのは目に見えている。にもかかわらず政府から発せられるのは「三密の回避」の掛け声ばかり。

東京都医師会の尾﨑治夫会長は、「このままでは、日本は大変なことになる」と危機感を募らせる。首都の医療を守ることに奔走してきた尾﨑会長に、その怒りの根源を聞いた。/取材&構成・辰濃哲郎(ノンフィクション作家)

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尾﨑氏

「夜の街」から職場へ

感染症というのは、早く手を打たないと手遅れになる。そのいい例が新宿だと思う。分析をしてみれば、やっぱり最初は夜の街関連だった。ホストクラブを責めても仕方ないけど、大きな掛け声かけたり回し飲みとか、歌ったり密にしゃべり合うから、どんどん広がっていく。

それが一般の人にうつって、さらに飲み会なんかを通じて若者の間で拡大し、職場内に入り込んでいる。かなり深刻な事態だと思っている。

7月に入って連日200人を超える新規感染者は、当初は20〜30代の若者が主だったでしょ。それがいま中高年層の割合が徐々に高くなってきているのが気になる。23日には366人と過去最高で、大阪も100人を超えている。

「Not go to」こそ必要

全国に感染が拡大しているときに「Go Toトラベル」キャンペーンを前倒しでやる必要はあるのか疑問だ。確かに電車でマスクをして他人と話さなければ問題がない。観光地も屋外だし、宿の部屋で食事をして酒を飲むんだったらうつらない。

でもね、例えば1000人が旅行に行って、900人は感染を防御する行動を取ってくれても、そのうち100人が乱れちゃえば、観光地にウイルスを散らすことになる。

7月14日、自分のフェイスブックにこんな投稿をした。「Not go toキャンペーン」。皮肉を込めてね。

Not go toキャンペーンについて(一部抜粋)
「皆さんの想像力が試されています。仕事の帰りに1杯。そこに無症状で感染している人や、ちょっと具合は悪いけど我慢して、飲めば治っちゃうなんていう人がいたら、4日後には、うつす側に回るかもしれません。全ての人に飲食を通じて、感染が起きるかもしれません。そこで東京都医師会からの提案です。
[Not go toキャンペーン]7月中の飲み会・会食は控えましょう」

何か有効な対策を打てば2週間くらいしたら減り始め、4週間後には落ち着くはず。まずは、震源地である新宿・歌舞伎町の対策だ。7月16日に参院予算委員会で、「来月は目を覆うようなことになります」と発言して話題になった東京大学の児玉龍彦名誉教授は、新宿を制圧するために区民ら約50万人のPCR検査を実施するよう提言した。政府にそんな英断はできないだろうけど、せめて地域限定で休業補償の伴う休業要請をして、その間にPCR検査を徹底することくらいはできるはず。

50万円ほどの協力金では無理。彼らも生活がかかっているから、家賃の支払いや従業員の給与を補償すれば、店を開けたら逆に批判される。そこまでしてでも震源地への対策を徹底しないと、東京はとんでもないことになると、ぼくも思う。

でも、いまの政府は、動いてくれない。緊急事態宣言が明けてから、政府が感染防御対策として何をやったと思います? 唯一やったとすれば、7月16日に「Go Toトラベル」のキャンペーンで、東京を外したことくらい。しかも、その過程でおかしなことがあったのに、ほとんど気付かれていない。

先ほど話した児玉名誉教授が出席した参院予算委員会のあった7月16日、実はぼくも参考人として出席していたんですよ。そこでコロナ対策を担う西村康稔経済再生相は、「専門家の皆さんに集まっていただき、夜(16日夜)Go toキャンペーンのあり方、進め方、感染防止対策について意見をいただいたうえで政治が判断して対策を進めていきたい」と答弁している。これを聞けば、ふつうなら(専門家を集めた政府の)分科会で議論して、出された意見をもとに政府が最終判断を下すと受け取れる。

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西村氏

ところが、その日の夕方に、突然ですよ。分科会も開かれていないのに、官邸と協議した直後の赤羽一嘉国土交通相が、「東京を除外する」と言い出した。東京除外の方針を決めてから分科会に諮っても、「仕方ない」と認めざるを得ないでしょう。分科会に白紙で議論を委ねたら、きっと延期するとか、東京だけでなく関東近県も含めて限定的にするとか、違う提言が出された可能性が高い。僕から言わせれば卑怯だと思う。

なぜ専門病院をつくらない

医療態勢をひっ迫させないために、どうしてもやっておきたいことがある。それは専門病院をつくること。

7月7日の七夕の日だった。夕方、都立病院と公社病院のトップ2人に都医師会に来てもらったが、そこで「病床を確保できる見通しは立っているんですか」と尋ねてみた。

東京の病床は、3月に比べたら余裕はありますよ。でも、これだけ感染者が急に増えたら、あっという間に埋まってしまう。ぼくたちは感染者を一括して診療できる大規模な病床群が必要だと訴えてきた。都が確保する病床は、この時点で1000床。小池百合子都知事は、これを2800床まで拡大すると言っている。ただね、病床というのはすぐに空けられない。他の病気で入院している患者を転院させ、感染防御態勢も敷かないといけない。最低でも2週間はかかると言われている。

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だから、コロナ感染者を一括して専門に診る500〜1000床単位の専門病院が必要。これさえできれば、感染の濃厚な患者を救急搬送するときに、搬送先が見つからずに立ち往生することもなくなる。それに患者から相談を受け付ける帰国者・接触者相談センター(相談センター)が入院先の病院の調整に手間取ることもなくなる。専門病院が拠点になって、軽症になったらホテルに移すなどの調整機能も担う。

なにより、コロナ専門病院ができれば一般病院が余力をもってコロナ感染以外の患者に対応できるし、患者もコロナ感染を気にせず病院に通うことができるから、受診抑制も緩和されるだろう。

その役割を担うのは、都立病院と公社病院しかないでしょ。一般病院と違って、赤字になっても都からの繰入金で賄うことができる。都の対策協議会を仕切っている都医師会の猪口正孝副会長も、3月から何度も都立・公社病院に打診してきたのに実現していない。

その都立・公社病院のトップ2人に尋ねても、「頑張っています」としか答えてくれない。コロナ病床を確保するために病院を回って調整していると言うんだ。

「何百床単位で考えているんですか」と尋ねると、「いや、そこまでは……」と答えを渋る。ぼくもだんだん怒りがこみあげてきた。だって、病院ごとに10床とか、20床、30床単位で増やしても、2800床にまで引き上げるには、最低でも60病院以上に分散する計算になる。だから、ぼくは言った。
「民間病院と都の税金が入っている都立・公社病院が同じように、ちまちまと病床を確保するのは、おかしくないですか。率先して姿勢を見せてほしい。中途半端はやめてくれ」

隣で聞いていた猪口副会長が、あとで「先生の机叩き、久々に見ました」と教えてくれたが、机を3回ほど叩いていたらしい。でも、ぼくも何とかしたいという一心だった。

いまだに都立・公社病院からの返答はない。彼らも専門病院の必要性は理解してくれていると思うが、病院全体の総意を取り付けるのは、なかなか大変なんだろう。でも、私たちもこの状況で指をくわえて見ているわけにはいかない。医療が破綻して感染者があふれる事態だけは、どうしても避けたい。

動きの遅い政府に苛立つ

思えばこの5カ月間、全精力を傾けてきたと思う。まだ感染者が日に10人台だったのが、一気に40人を超えたのが3月25日。ショックを受けたのを覚えている。感染爆発でイタリアの医師や看護師が泣きながら窮状を訴えていた映像が、頭から離れなくなった。その翌日の深夜、たまらずフェイスブックに都民に向けたメッセージを投稿した。ぼくがメディアに取り上げられるきっかけになった投稿だ。

東京都医師会長から都民の方にお願い(一部抜粋)
「ここ数日の東京都の感染者の増加は尋常ではありません。若くて元気な方、もう飽きちゃった。どこでも行っちゃうぞ…。もう少し我慢して下さい。生きていることだけでも幸せと思い、密集、密閉、密接のところには絶対行かない様、約束して下さい。お願いします。私たちも、患者さんを救うために頑張ります」

この投稿には3万7000を超える「いいね」があり、4万7000以上のシェアがあった。それだけ拡散してくれるのはありがたかった。

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そして4月4日、とうとう1日の陽性者が100人を超えてしまった。以降、フェイスブックでの呼びかけや毎週のように記者会見を開いて都民に訴え、政府にも働きかけてきたつもりだ。ぼくも必死だった。

それでも政府は、なかなか緊急事態宣言を出してくれない。どうやら官邸にいる安倍晋三首相の取り巻きが、経済への影響を心配して踏み切れないらしい。その間にも、感染者を収容する病床は満床になっていく。そのほかの医療機関にも、いつ感染者がくるかわからないから、院内感染も相次いだ。

経済より今は患者を救うことを優先すべき。政府に苛立ったよ。国会の中に閉じこもってないで現場に来い、と心底思った。

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