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「診断テスト」12.6万回の結果から見えてきた私たちの価値観|三浦瑠麗

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※本連載は第26回です。最初から読む方はこちら。

 山猫総合研究所が一般公開した価値観診断テスト、12万5935回のテスト結果を本日はお示ししたいと思います。まずは結果をご覧いただきましょう。
点が集まっているところは密集していることがお分かりと思いますが、やはりこの公開テストの結果を見ても、価値観分布は中心に寄っていることが分かります。米国と違って、経済ポピュリズム寄りの左側の極にいる人間は少ないということです。市場原理主義のような極端に経済的に右寄りの価値観を持っている人は少なく、そして社会的には4:6でリベラルな考え方を持つ人が多いという結果でした。

 もちろん、ツイッターやFacebookを通じてこのテストを知った方が多いわけですし、トレンド入りしたとはいえ、私の周りにいる考えが近い人が多い可能性はあります。しかし、マクロミル社に調査実施を委託して行った「日本人価値観調査2019」の結果とさほどかわらない分布となったということまではいえるでしょう。

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 人びとの価値観を、たったの25問で乱暴に測ることには無理がある、というご意見もあるかもしれません。しかし、価値観テストというのはいずれも単純化が避けられない運命にあります。この分布を見ただけで、日本政治の難しさが良く分かります。政党として、どう有権者を惹きつけたらよいか、振る舞いが難しいということです。憲法と安全保障以外の論点が党派化しにくい日本において、独自論点を提起していくには、やはり「権力の濫用」や「不平等さ」といった分かりやすいものがカギとなってしまう。それらの要素は安定した支持を取り付けるには不十分で、その場の大衆の気分によって左右され、予測が難しい。ちょうど検察庁人事や国家公務員法等改正案が話題ですが、この問題がこれほどの関心を集めることを予想できた人はおそらく少数でしょう。しかも、一点突破で政権を取ることは難しい。一つの「不正義」で盛り上がった人びとは、必ずしも野党と同じ価値観を共有するロイヤルカスタマーではないからです。

 日本では、有権者の思想にも政党の思想にもさほどの大きな差がでない。ですから、どの党が政権についてもさほど変わらない政策のように感じられてしまうし、人種問題と経済問題が繋がっている米国のように、「われわれ」の税金を原資とする予算を「やつら」に分配するな、という対立もほぼ存在しません。あるとすれば、貧しい人びとに対する給付制度はそこそこ渋く運用してくれ、というコンセンサスがあるくらいだということです。

 実は、この世論が党派化しにくい傾向は、新型コロナウイルス禍による経済苦境に呼応した給付金をめぐる議論にも表れています。山猫総研は4月末に、一般財団法人創発プラットフォームと共同で、株式会社日経リサーチに調査実施を委託して、緊急意識調査を行いました。その結果は無償公開しておりますので、ぜひ弊社のウェブサイトでごらんいただきたいのですが、以下では現金給付に関する意識を取り上げたいと思います。

 そもそも、政府ははじめ、生活困窮世帯に対する30万円給付を目指していました。しかし、給付資格を得られる基準が分かりにくい、アンフェアであるなどの批判が続出し、結果的に公明党が政府に申し入れる形を取って、全住民に一律10万円を給付する政策に変更されました。下の図が、意識調査におけるそれぞれの政策への賛否です。

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*株式会社山猫総合研究所と一般財団法人創発プラットフォームは、株式会社日経リサーチに実施を委託したインターネット調査を通じて回答を収集しました。調査期間は2020年4月27~28日です。全回収数は2,229サンプルであり、年代別に割付を行っています。データクリーニングを施した結果、全国の18-19歳が212人、20代が312人、30代が320人、40代が323人、50代が325人、60代が315人、70代以上が291人の、計2,098サンプルが有効サンプルとなりました。調査の集計結果は、2019年11月時点の日本における住民の年代別人口にあわせて割り戻しを行っています。

 グラフを見ると、回答者の7割以上が一律10万円給付を評価しており、圧倒的に支持が高いことが見受けられます。その理由は、やはり困窮層に手厚くする施策が「ズルい」「不公平だ」として分断を生んだからでしょう。これまで本連載コラムで取り上げてきたように、日本の人びとは財政規律の価値観が弱いのに加え、「弱者保護にもっとお金を使うべきだ」という意見は、自民党批判層においても弱い。そうした調査結果を裏書きする意見分布だったといえるでしょう。

 困窮者は一定の審査を通過すれば生活保護を受けることは可能ですが、地方自治体が多くの負担を背負わなければならないため、給付にはかなり後ろ向きで慎重です。新型コロナウイルス禍にかんがみ、政府は必要性の乏しい調査や面談を省いて審査を迅速化するよう通達を出していますが、それでもハードルが高いと言えるでしょう。弱者保護の制度は存在しますが、財政的制約や民意に基づき、現実に困窮している人に支援が届くまでには相当な壁があるということです。

 今回の政策変更が、具体的な思想に基づく給付ではなかった点にも注目が必要です。例えば自民党は経済的には右派を多く取り込んでいる政党ですが、彼らははじめ、本来経済左派が重視するであろう、弱者に集中的に資源を投下する案を推進しました。経済的には左派を多く取り込んでいるはずの公明党や立憲民主党は、これに対し給付対象の全世帯への拡大を要求しました。もちろん、政策変更によって予算規模が大幅に拡大したことは確かです。必ずしも自民党が経済左派政党であるとまでは言いきれません。しかし、仮にそうした思想を持っていたとしても、これだけの反発を世間に生んだことを考えると、困窮者への資源の集中投下は日本では通しにくい政策であるというのは確かでしょう。

 価値観分布の違いは、こんなところにも表れてくるのです。次回は、新型コロナウイルスに関する緊急調査の結果見えてきた、日本の寄付文化のありようについて書きたいと思います。

★次週に続く。

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。
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