
春の缶詰|朝吹真理子
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文・朝吹真理子(作家)
人間に会えない寂しさが募っているせいか、今年は、特に、花になぐさめられている。散歩をしながら、梅も、桜も、木蓮も、みつけると嬉しくなって、眺める。マスクをずっとしているからか花粉症がましな気がするが、気のせいかもしれない。いつもはソメイヨシノがたくさん咲いていると、花に人が取り憑かれているようにみえて不気味に思うのに、今年はじぶんも率先して春の花々に取り憑かれた。花は感染症もまるで関係ないように咲いて散るので安心する。家の前のソメイヨシノが咲き始めると、マグカップにコーヒーをそそいで、ひとり立ち花見をする。友人が偶然近くにいるとわかって、お花見しない? と誘った。歩いてやってきた友人が、ふつうの桜だね、と言った。マンション前の、なんてことのない桜なのだが、花は花に違いはない。木の下に腰掛けて、少し話した。桜は電線をよけるように咲いていて、電線と空とやたら行き交う飛行機と、いかにも東京の桜っぽい、と友達は写真を撮っていた。ソメイヨシノがすっかり散ったころ、はじめて、ホテル缶詰をした。
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