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西寺郷太 小説「'90s ナインティーズ」#32
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西寺郷太 小説「'90s ナインティーズ」#32

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最終章
See You Again
1999年・夏 - 2001年・冬

★前回の話はこちら
※本連載は第32回です。最初から読む方はこちら

(32)青春の終わり

 2000年12月14日木曜日正午。

 天気予報が告げた通り前日から最高気温が3度下がり、本格的な冬の寒さを実感したこの日。僕は二日酔いのどんよりとした気分で窓の向こう、曇り空にぼやけて浮かぶ新宿の高層ビル群を眺めていた。去年から暮らし始めたマンション「ソルシェ目白」の8階。東京の街を左から右へとゆっくり見渡しながら、ほのかにバニラが香るキャスター・マイルドに火を着ける。ベランダに出て深く吸い込んだ煙をため息のように吐き出すと都電荒川線の踏切の音がリズミカルに聴こえた。

 午前中はいつものように眠っていた。よほどの仕事がなければ早朝に寝て昼に起きる生活が続いている。とりあえず確認するのが「笑っていいとも!」のテレフォン・ショッキング。ゲストは女優の小雪だった。僕は腫れた瞼を右手の人差し指で引き上げつつ玄関そばにあるスタジオ部屋に向かいドアを開けた。この部屋の中心には制作費で購入した YAMAHA のレコーディング・コンソール 02R が鎮座、 S-VHS テープで録音出来る「高級MTR」Alesis ADAT XT が2台同期している。それらレコーディング機材と Power Macintosh G3 DT266 にいつものようにスイッチを入れてはみたが、曲を作り始めるテンションにすぐはなれない。次の瞬間携帯電話が鳴り、画面がオレンジ色に光った。聴こえてきたのはホフディラン小宮山雄飛の声だった。

「ゴーちゃんー、今日リキッド来るよねー?」

「え、ふふ。どうした?」

「いや、どうしたもこうしたも昨日と今日、サニーデイ解散ライヴだから。もう俺、親戚の結婚式みたいな感じで会場の空気とか全部体験したくなっちゃって、昨日は異常に早くリキッド着いちゃってさ」

「正直迷ってたけど、今日、行くわー」

「俺も、行くから。現地でー」

「え、雄飛君、2日連続で行くん、ははは、凄いな」

「いや昨日は1曲目から号泣だから、3曲目まで泣いてた」

「キミみたいな冷徹なクソ野郎が珍しいな、ふふ」

「正直自分でもびっくりしてる、ははは。サニーデイとホフってデビュー時期近いからさ。なんかリンクしちゃってさ。その後、前行った新大久保のサムゲタンの店また行こうよ、じゃねー」

 小宮山雄飛とはじめて言葉を交わしたのは、1999年5月のこと。虎ノ門にあるホフディランが所属するレーベル、ポニーキャニオンで彼に声をかけた。その日英国のベテラン・ロック・バンド XTC が7年ぶりにリリースしたアルバム2枚のキャンペーンの一環で、来日した45歳のアンディ・パートリッジ、43歳のコリン・モールディングと日本のミュージシャンが交流するという機会が設けられた。

 同い年の雄飛のことは元々メディアを通じてよく知っていた。すでに年長のワタナベイビーさんとのコンビ「ホフディラン」で〈スマイル〉〈恋はいつも幻のように〉などスマッシュ・ヒットを放ち、武道館公演も成功させる順風満帆なる活動ぶり。本体以上に僕が好きだったのは彼の個人ユニット「ユウヒーズ」で、インディーズから発売されたアルバム《YUHI BEER》のストレンジなサウンド構築、1980年代初頭から半ばにかけての「MTV ポップ」フィーリングに強烈なシンパシーを覚えていた。僕が声をかけると彼も「あの〈ワーナー・ミュージック〉って曲、大好きでビデオも良かったから」と知っていてくれて意気投合。意外といない「タメ」の仲ということもありビターなジョークをキャッチボールし合える親友になったが、正直今回のサニーデイ・サービス解散に関して言えば僕と彼の温度感は随分違った。デビューが少し早い雄飛と違い、あくまでもサニーデイは自分にとって下北沢で出会った「揺るぐことのない先輩バンド」。語弊を恐れずに言えば曽我部恵一という怪物的エネルギーに満ち溢れたシンガー・ソングライターは、気になるからこそ一種仮想敵のように距離を置く存在だった。

 曽我部恵一、田中貴、丸山晴茂。3人それぞれと初めて直接出会ったのはちょうど彼らがファースト・アルバム《若者たち》をリリースし、雑誌を賑わせ始めた1995年春の終わりから初夏のこと。バンド内の空気が良くないことはたまに仲間達の噂やインタビューから漏れ伝わってきた。《東京》以来、敢えて熱心に追いかけることはしなかったが、去年リリースされたシングル〈スロウライダー〉は大好きでよく聴いた。出会いから5年。怒涛の日々の中で、同じレーベルで人気を競っていたエレクトリック・グラス・バルーンはすでに解散。フロントマンの杉浦英治さんは、SUGIURUMNとしてダンス・ミュージックにシフトしたソロ活動で勢いに乗り、発売されたばかりのサニーデイ最新作《ラヴ・アルバム》では曽我部さんに請われ共同プロデューサーとしてもクレジットされている。

 夕暮れ時の新宿歌舞伎町を歩くたび、いかがわしいキャッチに呼び止められるのはいつものこと。10代の終わり、学生時代には新宿靖国通り沿いのレーザーディスク専門店「松竹ビデオハウス」で毎日のようにバイトをしていたので勝手知ったるエリア。サニーデイ・サービスの解散を憂いコマ劇前に集まる多くのファンに紛れて、下北沢で出会ったバンド仲間、先輩達の顔がそこにあった。デザイナー、DJのキンクさんにクラブ以外で会うのは珍しい。「おいっすー!」と軽くお辞儀をすると、キンクさんも顔を綻ばせて手を挙げてくれる。キンクさんは後ろにいた大柄で1970年代から抜け出して来たような巨大な天然パーマが印象的な青年を紹介してくれた。

「あのー……、ゴータ君、彼は庄司君。DJで知り合ったんだけど、彼さ、ミスター・ハリウッドってお店、古着屋さん? 最近作ったのよ。曽我部君とも最近仲良くて」

「ゴータさんー、ファンです。《ディスティニー》死ぬほど聴いてますー。庄司信也って言います」

「ありがとうございます! え? 店ってどこにあるんですか?」

「キャット・ストリートのパタゴニアの横です、3階で。古着とリメイクと、オリジナルもやってまして。マニュファクチュアで、色々……」

「へー! 一等地! 今度行かせてもらいますね」

 僕を見つけたカズロウが近寄る。昨日、マイカは息子をカズロウに預け、ケースケさん、芽衣子さんと一緒に来たと言う。「3人とも、1曲目の〈恋におちたら〉で早速泣いたらしいよ」と、カズロウは言った。

 最後まで、彼ららしく取り立てて特別な演出もなかった解散公演。「MDで録音してもいいから。写真もどうぞ」と曽我部さんが言ったのが印象的だった。名残り惜しむかのように4回ものアンコールに応え、ラストに歌われたのは〈サマー・ソルジャー〉。少し離れて観ていた雄飛はまた1曲目から号泣していた。終演後、雄飛と共にベースの田中さんに声をかける。

「それにしても急でしたね、解散。びっくりしましたよ」

 僕は言った。

「いやー、こっちもほんっとに驚いてんのよ、ふふ。ツアーの最後かな、あと3回で終わるくらいって時に曽我部が『もう俺はバンド抜ける』って言ってきたからさ、はは」

「え? 曽我部さんが脱退? えええ」

 僕と雄飛が笑うと、被せるように田中さんは「そしたら俺と晴茂君だけでどうすんのって感じじゃない、ふふふ」と呆れたような力の抜けた声で答える。

 仲のいい雄飛がいるのもリラックス出来た理由なのか、じっくり言葉を選ぶように彼はこう言った。

「まー、でも、今、俺ら29歳なのよ……。で、もうすぐあれじゃん? 20世紀も終わるわけじゃない? だから……、なんかこうやって必死に走り切って終わるってのもいいような気がするんだよね。先のこと何も決まってないけどね」

 続いて現れた曽我部さんにも「お疲れ様でした」と声をかけると「まぁー、こんなもんでしょ」といきなり彼は吹っ切れたような優しい表情で笑った。僕は尋ねた。本当に真意がわからなかったのだ。

「え? まぁー、こんなもんって、どういう意味ですか?」

「ん? バンドって、やりきって、こういう感じで終わるんだなって、ははは」

 1990年代。テレビのタイアップ・ソングやカラオケ、レンタル・ショップ、外資系大型CDショップなどの勢いが増す中で、音楽業界は束の間の活況に包まれてきた。ピーク時の1998年には CD生産枚数が日本国内で過去最高の4億5000万枚を突破したが、翌1999年「CDバブル」はあっけなく崩壊している。実際にスピッツのようにすべてのミュージシャンからリスペクトを集めるピュアネスと狂気を孕んだまま、ミリオンセラー・アルバム、ヒット曲を連打し、お茶の間にも愛されるポピュラリティを得るバンドも生まれた。サニーデイ・サービスは下北沢のギターバンド・シーン出身者の中で最も多くの人に愛されたバンドに違いなかったが、曽我部さんの目指す地平はもっと先だったと言うことだろう。高いクオリティと独創性、何より多作でパッションに溢れた活動を生き急ぐように刻んだ曽我部恵一という男。その人が、それまでのギラついた眼光とはまったく違う眼差しで「こんなもんでしょ」と優しく笑う姿が、自分の現状にも沁みて胸にジリリと焼きついた。

「それより昨日、雄飛君に明日来るならダイブしてよって言ったのに、やってくんなかったよねー」

 曽我部さんが笑った。

「やれるわけないでしょ、それで怪我人出たら俺1人、すっげー悪者になるじゃん!! ははは」

 ミュージシャン仲間でごった返す楽屋。彼らしい軽妙なツッコミの後、ちょっと神妙になった雄飛がいつものタメ口で曽我部さんに問いかけた。

「で、曽我部君、この後、どうするの? ソロとか?」

「なーんにも決めてない、ははは。あ、Web で杉浦君とキンちゃんがやってる『VEGAS』ではレギュラーで DJ するけどね」

「あ、そうなんですか? さっきキンクさんと挨拶しましたよ。遊びに行きますね」

「来てよ来てよ、ふふ。ファットボーイ・スリムとかさ、ケミカル・ブラザーズとかさ……」

 GAPの服を着た曽我部さんはタオルで汗を拭きながら続けた。サニーデイのほぼすべてのアートワークを手掛けたデザイナー小田島等さんが「最近、サニーデイ周りは皆、制服みたいに全身GAP着てるよ」と少し前に言っていたことを思い出した。気づけば雄飛は NORTHERN BRIGHT の新井さんや島田さんと談笑している。

「あのさー、ゴータ、YOU THE ROCK☆との曲、めちゃくちゃ良かったよーぉ」

「おー! ありがとうございます! 曽我部さんに褒められたらめちゃくちゃ嬉しいっす」

「思うんだけどさー、2000年じゃん? もうここからは新しいものはなんも生まれないからさ、全部この後は繰り返し。質感とかディテールが変わるだけ……。その辺 Web で今度オダッチたちとまた話そうよ」

 楽屋の隅でドラムの晴茂さんが、ボーっとした表情で椅子に腰かけている。「晴茂さん、お疲れ様でした」と言うと少し嬉しそうに「うん」とだけ返事をしてくれた。その後、彼にこのタイミングで、なんと話していいかわからないので共通の話題を一生懸命探し「そう言えば、もりへー、今仙台にいるんですってね」と彼と仲がいいもりへーの名前で繋げると「解散の連絡したら、あいつ曽我部や田中じゃなくて俺から聞いたことに驚いてたよー、ふふ」と微笑んでくれた。晴茂さんはチャーミングな人で後輩の僕にも人懐こく心を開いてくれるタイミングがある。

 新井仁さんに会釈して「驚きましたねー」と話しかけると、彼は僕にこっそり「最近のサニーデイに何が起きてたか正直よくわかんないんだよね。こっちは結構気を遣うけど、皆、意外にあっけらかんとしてるよね、はは」と言い、穏やかに笑った。曽我部さんの立教大学時代からの先輩である新井さんは、スリーピース・バンド NORTHERN BRIGHT のフロントマンとして ヒップホップ・ユニット SHAKKAZOMBIE との共演曲〈GET YOURSELF ARRESTED〉をリリースしたばかり。彼は僕が初めて下北沢 CLUB Que に足を踏み入れた夜、N.G.THREEのギター、ヴォーカルとしての衝撃的なパフォーマンスで世界を変えてくれた先輩のひとり。出会った頃から、いついかなる時も優しい。

 しばらくするとレコード会社 MIDI のディレクター、渡邊文武さんによる締めの挨拶が始まった。泣くのを堪えようと思ったせいか喧嘩腰で「皆さん! 本当にありがとうございます!! いや、マジで!!」と叫ぶように畳みかける妙なテンションに僕と雄飛は目を見合わせて笑った。しかし、繰り返されるレコーディングやツアーの中で悪くなっていたメンバー間の空気も完全にほぐれ、同窓会のように皆が集まって盛り上がるその様子に、青春の終わりを見たようで僕は少し寂しくなった。愛されて、ボロボロになって散り散りになることを選んだ先輩バンド、サニーデイ・サービス。1995年初夏、最初に下北沢で見かけたロック雑誌の中のスター、曽我部恵一。飄々とした彼の元に、1人の女の子が駆け寄り話しかけていたことを思い出す。ニコッと笑った彼が握手をし、軽く会釈をしてスッと通り過ぎたその姿にまだ何者でもない僕は思わず見とれてしまった。あの穏やかな陽光の中にいる彼の姿と、自らの手でバンド人生を終わらせた今の彼が重なってゆく。この夜、どこかにまだ嫉妬もあったのか僕はまったく泣けなかった。

次回へ続く

★今回の一曲――The Chemical Brothers - Let Forever Be(1999)

西寺郷太(にしでら・ごうた) 
1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド「NONA REEVES」のシンガー、メイン・ソングライターとして、1997年デビュー。
以後、音楽プロデューサー、作詞・作曲家としても少年隊、SMAP、V6、YUKI、鈴木雅之、岡村靖幸、私立恵比寿中学などの多くの作品、アーティストに携わる。
日本屈指の音楽研究家としても知られ、近年では特に80年代音楽の伝承者としてテレビ・ラジオ出演、雑誌連載など精力的に活動。マイケル・ジャクソン、プリンスなどの公式ライナーノーツを手がける他、執筆した書籍の数々はベストセラーに。代表作に小説『噂のメロディー・メイカー』(扶桑社)、『プリンス論』(新潮新書)、『伝わるノートマジック』(スモール出版)など。
現在 Amazon Music Podcast「西寺郷太の最高!ファンクラブ」でホストを務める。

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