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出口治明の歴史解説! なぜ「洋服」が世界スタンダードになったのか?

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2020年6月のテーマは、「衣食住(ライフスタイル)」です。

★前回の記事はこちら。
※本連載は第30回です。最初から読む方はこちら。

【質問1】世界にはいろんな民族衣装があるのに、西洋の服である「洋服」が世界中のスタンダードになったのはなぜでしょうか?

それは、イングランドで18世紀半ばから19世紀にかけて産業革命が起こったからです。人間の生活は、産業革命の以前と以後では様変わりしました。産業革命はそれぐらい人類に大きなインパクトがある出来事でした。

産業革命の以前は、農業や牧畜が主な産業でした。それらの産業は天候の影響をモロに受けます。地球が寒くなれば、食べ物が作れなくなって人口が減り、暖かくなれば逆に人口が増えるといったことを繰り返してきました。

ところが、工場のなかでモノを製造すれば天候の影響はほとんど受けません。大げさにいえば、天候フリーです。こんなありがたいことはないので、世界中が産業革命の恩恵に与ろうと、イングランドに教えを請いました。イングランドの工業製品が世界中に輸出されると同時に、工場でモノをつくるというスタイルも広まっていきました。

イングランドに人々が勉強に行くと、男性はみんなスーツやジャケットを着ているので「カッコええなぁ」となるし、女性はドレスなどを着ているので「きれいやわぁ」となります。あるいは、イングランドを産業革命の「教科書」だと仮定するとスーツやジャケットを着るなど洋装することが、近代国家への入り口であり産業革命の第一歩だと思えるのです。明治維新がまさにそうでした。

いつの世の中でも先進国の文化は真似されます。工場のモノづくりとともに、イングランドの文化が世界中に広まったのです。
 

【質問2】トマトを使ったパスタやピッツァが好きで、よく食べます。ローマ帝国の頃からトマト料理が盛んだったのでしょうか?

ローマ帝国の人たちはトマト料理を食べていませんでした。ヨーロッパにトマトが入ってくるのは、コロン(コロンブス、1451頃~1506)がアメリカ大陸に到達した1492年よりあとのことだからです。トマトは新世界から運ばれた野菜です。

コロンたちが新世界からヨーロッパに持ち込んだものは、ほかにもジャガイモ、トウモロコシ、キャッサバ、インゲン豆、ココア、パパイヤ、カボチャ、アボカド、落花生、トウガラシ、パイナップル、タバコなど数多くあります。反対にアメリカ大陸へ運ばれたものも、コメ、小麦、大豆、コショウ、バナナ、コーヒー、ニンニク、タマネギ、ニンジンなど数多くあります。天然痘、はしか、コレラなどの感染症もそうですね。こうした新世界への到達によってもたらされたモノや病原菌の移動・交換は、象徴的に「コロン交換」と呼ばれています。

これは人類の暮らしを大きく変えました。

たとえば中国の人口は、1720年前後に1億の大台に乗り、1800年頃には3億人まで膨れあがったといわれます。この人口増加を支えたのはジャガイモ、トウモロコシなど新大陸から入ってきた新しい食べ物でした。新世界に到達したことで、旧世界の暮らしはぐっと豊かになりました。

コロン交換がなければ、トマトをふんだんに使ったパスタやピッツァも、真っ赤な韓国のキムチも生まれなかったでしょうし、僕らの食卓はずいぶん寂しいものになったでしょう。

現在の食生活は、コロン交換のおかげといっても決して大げさではないのです。

(連載第30回)
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■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。

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