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コロナ下で読んだ「わたしのベスト3」 希望を見出せるリアルな記録|佐久間文子

新型コロナウイルスの感染が広がり、発生源とされる中国の武漢が都市封鎖されるなかで、武漢市の女性作家がブログで封鎖下の日常を発表、それが全世界で読まれているというニュースは、ひとつの希望だった。

翻訳が出てすぐその『武漢日記』を入手し、想像した以上に人びとの苦難をリアルに伝え、官僚による人災的な側面を率直に批判しているので、「ここまで書けるのか」とびっくりした。もちろん「ネット検閲官」による削除や閉鎖、日本でのネトウヨにあたるらしい「極左」の激しい攻撃にも遭っているが、一歩も引かずに封鎖が解けるまで書き続けた日記は、世界史の貴重な記録だ。

彼女は書く。〈私には死者たちの無念を晴らす責任と義務がある。誤りを犯した人は自ら責任を負うべきだ〉。「言論の自由」とは、唱えるものではなく一人ひとりの行動で示すものだと思わされる、みごとな実践の一冊。

引きこもっている間、せっかくなので何かボリュームのあるものを読もうと、積読していた『日本文学100年の名作』を引っ張り出してきた。新潮文庫が創刊された1914年から2013年までに書かれた中短篇のアンソロジーを読み進めていくうち、100年という時間が、人間が泣いたり笑ったり怒ったりしながら生きて来たくりかえしだと実感され、その変わらなさ加減が感慨深かった。

珠玉の短篇と言われる名作よりも、三島由紀夫の「百万円煎餅」や、尾辻克彦「出口」といった、変てこな作品の印象が強い。

今年の初めにコロナとは関係なく家族を亡くし、本を読んでも頭が活字を拒絶することが続いた。そんなときに手が伸びたのが横尾さんの画文集『タマ、帰っておいで』。

2014年に亡くなった猫のタマへの手放しの愛情にあふれる絵と文章は、沁みとおるように心に入ってきた。描くことで癒されるだけでなく、〈死者と生者のリアルな接触〉を信じるという横尾さんは、夢で肉体的感触すら味わえるのがすごい。

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