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西寺郷太 小説「'90s ナインティーズ」#17

第三章
Distortion And Me


★前回の話はこちら。
※本連載は第17回です。最初から読む方はこちら。


 1995年8月5日土曜日に日付は変わって、深夜1時半。

 心配そうにマイカを探し、慌てていた様子のモリヘーだったが、下北沢駅南口のマクドナルド前でしばらく辺りを見回した後、観念したかのように、フーッと大きなため息をついた。

「うーん、ごめんね、ゴータ、急に」

「いや、全然」

「今日はあの子、本当はひとりにさせたくなかったんだけど。さっき留守電には入れといたから、どっかの公衆電話からメッセージ聞いてるかもしれない」

 チャーリー・ブラウンが描かれた「チビT」にブラックジーンズを合わせた彼女は駅に背を向け、ミスタードーナツの方向へとゆっくりと歩き始めた。ぼんやりと見上げた「下北沢南口商店街」のアーケード。アルファベットで「SHOPPING CENTER」と書かれていることに、この時僕は初めて気がついた。「ゴータ、こっち!」と呼ばれ、慌てて「おぅ!」と小走りしてモリヘーに追いつく。ともかく、暑い。何やら深刻な表情のモリヘーに付き合う形で訳もわからず店を飛び出してきたが、左手に『洋食屋マック』が見えた瞬間、僕は思わずフッと笑ってしまった。緊張と緩和。モリヘーも釣られて、ちょっと笑った。

「え? 何?」

「いや、ちょっと前の火曜日。カズロウに『ゴータ、12時に下北マックで集合な』って」

「うん」

「『昼飯食おうぜ』って言われてさ。で、俺、そこのマクドナルドにちょっと入って待ってたら、あいつが言ってたのこの洋食屋のマックだったみたいで、しばらく全然会えなくてさ、ハハハ」

「はっ、もうやめてよ、アイタタ、ハハ、お腹痛い」

「俺はともかく動かない、って選択肢を選んだわけ。そしたら、あいつが30分くらいして『まさかな』って言いながら、マクドナルドに来て。結局会えたんだけど。超腹空かせたカズロウが、めっちゃ怒ってさ。『下北でマックって言ったら、昔からこっちなんだよ! 俺は休みの日の昼はマックのハンバーグとカニコロッケって決めてんだよ!』って」

「やめて、ハハハ」

「俺もムカついたから『俺が昔の下北知るわけないやろ! お前ら東京の奴らが〈マック〉言うたら、マクドナルドちゃうんか! ほんなんやったら俺ら関西人みたいに最初から〈マクド〉言うとけ、ボケー! ややこしい!』って、まさにこの場所で言い合いになって」

「あたし、その場にいたかったわー」

「俺はてっきり、マクドナルドのハンバーガーが130円になったから、安くなったから行こうぜみたいな話なのかと思ってさ」

「確かに突然80円安くなったもんね」

 H Jungle With t の大ヒット曲「WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント」を大勢で熱唱するカラオケの声が、どのビルからか漏れ聴こえてくる。

「結局、店出た後カズロウと握手してさ、この場所で。あはは。それからめちゃ通ってる。角刈りのマスターも最高だよね」

「わたしはハンバーグと生姜焼きかなぁ、玉葱がちょっとはみ出してて。あそこ女子人気もめちゃくちゃ高いから。マイカともよく行くよ。そう、マイカの話。話さないといけないことがあって」

 あっという間に僕らは南口商店街の出口まで辿りつく。マイカは見当たらない。モリヘーが北澤庚申堂の角を左折したので、僕らは結局また「CLUB Que」の方向に戻る形になった。

「うーん……。マイカ、ドラム上手いってドンちゃんや皆から聞いたことあるでしょ?」

「言ってた、言ってた」

「あの子ね、お兄ちゃんと昔バンドやってたのよ、中学生の頃から兄貴のバンドでドラム叩いててね。しごかれたって言うか」

 マイカの家が、すぐそこ世田谷の若林にあること。昔から付近一帯の地主で、父親が幼稚園やマンションなど色々経営していること。マイカは一人娘の長女だが上に三人の兄がいる。事業を継ぐのは、長男と次男の予定。バンドマンの「兄」は三男で、マイカが唯一家族で心開いていた存在だった、と。モリヘーは続けた。

「その兄貴、哲平って言うんだけど。多摩美の学生で。急に亡くなったんだよね。それが1年前の今頃でさ」

「え? 理由は……?」

「病んじゃったんだよね……。わたしや曽我部と同い年だったんだけどね、71年生まれ。理由か……。思ってたよりバンドが上手くいかなかったのと、親との関係もあって。実際のところはあたしたちにもわからない、でも明らかに元気は失くしてた、もちろん亡くなるなんてまさかって感じだったけど」

「親との関係って言った?」

「うん……。それは、もしかしたらマイカ本人から聞いたほうがいいかもしれない」

 モリヘー曰く、哲平は、かっこよくて優しくて、本当にいい奴だった。ツェッペリンとブラック・クロウズ、ローゼズを愛していた。モリヘーがマイカと知り合ったのは、そもそも哲平のバンドのドラムが妹でびっくりしたのがきっかけ。学生時代から、数人の美少女と共に周囲から『世田谷少女隊』などと呼ばれスカウトされるほど目立つ存在だったこと。

「哲平の話は、いつかゴータにはしておかないとって思ったからさ」

「ツェッペリンとブラック・クロウズ、ストーン・ローゼズ」

「そうそう。ドラムがいいバンドが好きだって。哲平、いっつも言ってた。だから、マイカはしごかれたのよ」

 喫茶店『ぶーふーうー』に辿り着き、半地下の階段を降りるとカズロウも向こうから大きなバツ印を両手で作って歩いてきた。

「カズロウ、しょうがないよ、ごめんね。あたし、留守電にここでってメッセージ入れちゃったから、ここで待つ。二人は Que 戻っていいよ」

 打ち上げのBGM係を任されていたカズロウは「CLUB Que」に戻った。すでに夕方から飲み過ぎていた僕は、モリヘーと『ぶーふーうー』でアイスココアを飲むことに。男女問わず顔の広さが半端なく「下北シーンのある種の象徴」だと誰もが認識しているモリヘーには、聞きたいことが山ほどあった。

「モリヘー出身どこなん?東京?」

「ん? 群馬だよ。高崎」

「最初は? ライヴとかどうやって観にきてたん?」

「あー、中学生の時ね、まずナゴムギャルで。ケラさんのファンになって。土曜とか日曜、電車乗って東京来て。で、普通に入り待ち出待ちとかしてたら、ホント卓球さんが怖くてさ」

「卓球さんって? 電気グルーヴの?」

「そうそう、当時は『ZIN-SÄY!』だったけど。ナゴムギャルたちに『ブスはどけよ!』みたいな感じで、あはは」

「へー!」

「皆、風物詩って言うか、年上の女の子たちはキターッ!って感じもあったんだけど、わたしは中学生だから怖くてさ、超インパクトある体験じゃん。瀧さんは優しかったよ。もう、だいぶ昔の話。今は新井ギャルだけどね。はは」

「モリヘーに歴史ありやな。え?で、いきなりナゴムギャルから今じゃないでしょ」

「有頂天のあとは、フリッパーズ」

「へー。フリッパーズ。ライヴとか観た?」

「もちろん。ラフォーレとかね。最後のチケットも持ってたけど、急に解散しちゃったしね」

「どっちのファンってあった?」

「あー、小沢君」

「そうなんや、へー。で、新井ギャル。新井さん、凄いなぁ。新井ギャルって何人いるんやろ、はは」

「300人から500人くらいじゃないの? でもね、ゴータ、この界隈、東京のライヴハウス、今、女子の中で『一番抱かれたい男』って新井君じゃないんだよ、誰か知ってる?」

「え? 誰だろ? 英治さん?」

「じゃない」

「えー、いっぱいいるやん。ちょっと待って、考えさせて」

「いいよ、ふふふ」

 店内には有線で My Little Lover の新曲が流れている。活動再開後のサザンオールスターズで編曲を手がけ、Mr.Childeren をプロデュースし大ブレイクさせた小林武史が作った新しいグループ。僕はテレビ・ドラマ『終わらない夏』の主題歌としてその曲を聴いた瞬間から、すぐ好きになっていた。悪戯な笑みを浮かべたモリヘーは、ジョッキに入ったアイスココアに手を伸ばした。

「答えは?」

「アベジュリー」

「デキシーの?」

「そう」

「そうなん?デキシード・ザ・エモンズ!アベジュリー。へーーー。いやー、面白いわー。先輩、勉強なります!!」

「ゴータ、マジそんな時だけ、先輩扱いしないでよ、やめてよー」

 モリへーの豪快な笑い声が、『ぶーふーうー』に響き渡った。

★今回の1曲ーーMy Little Lover - Hello, Again 〜昔からある場所〜

(連載第17回)
★第18回を読む。

■西寺郷太(にしでら・ごうた)
1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド「NONA REEVES」のシンガー、メイン・ソングライターとして、1997年デビュー。
以後、音楽プロデューサー、作詞・作曲家としてもSMAP、V6、YUKI、岡村靖幸、私立恵比寿中学、「ヒプノシスマイク」など多くの作品、アーティストに携わる。
近年では特に80年代音楽の伝承者としてテレビ・ラジオ出演、雑誌連載など精力的に活動。マイケル・ジャクソン、プリンスなどの公式ライナーノーツを手がける他、執筆した書籍の数々はベストセラーに。
代表作に小説『噂のメロディ・メイカー』(扶桑社)、『プリンス論』(新潮新書)、『伝わるノートマジック』(スモール出版)など。
Spotify公式ポッドキャスト「西寺郷太の GOTOWN Podcast」、毎週日曜更新。

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