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料理だけでレストランを評価する時代は終わった

文・中村孝則(コラムニスト 美食評論家)

 始まりは、スペインのカタルーニャ地方の小さなレストランからであった。『エル・ブリ』という伝説的なレストラン名をご存じの読者も少なくないと思う。2011年に、惜しまれつつ閉店したが、シェフのフェラン・アドリアは、科学的なアプローチを食の世界に持ち込んだ「分子ガストロノミー」という新たな食のジャンルを確立し、今までにない味覚や風味、食感を生み出し、料理業界に革命をもたらした。2001年頃には、50あまりの席に年間200万組も予約希望が殺到し、当時は“世界一予約の取れないレストラン”と言われた。

『エル・ブリ』がもたらした美食の変革は、料理法だけではない。それまで美食といえば、歴史的にもフランスがその権威を誇っていたが、その牙城の一端をスペインが崩した、という意味でも大きな出来事だった。『エル・ブリ』で修業したシェフのレネ・レゼピが、デンマークで立ち上げたレストラン『ノーマ』は、“新北欧料理マニフェスト”を打ち立てて、北欧に美食ブームをもたらした。それまで世界の誰も、北欧に旨いものなどないと思っていたが、『ノーマ』はその常識を覆して美食革命をもたらし、結果的に北欧の観光誘致にまで影響を及ぼした。

『エル・ブリ』や『ノーマ』の成功は、美食においてマイナーな国や地域、田舎をベースとする料理人に勇気を与えたばかりでなく、“ローカル・ガストロノミー”という新たな潮流を生んだ。いま、世界各国の政府観光局や日本の地方自治体が、美食レストランで観光誘致のプロモーションに熱心なのは、こうした背景があることを見逃してはならない。

『エル・ブリ』がもたらした美食革命について話を戻すが、もう1つ大事なことがある。それは、一流ファッション・ブランドのように、料理を“コレクション化”したことである。フェラン・アドリアは、毎年のように新しい料理の数々を発表し、年代ごとに図録のような料理本に収録していった。それは、料理人が一生をかけて1つの料理を進化させる、オートキュイジーヌという概念をも、根底から覆すものだった。料理のコレクション化は、レストランや料理人たちを疲弊させることにもなりかねないので、諸手を挙げて賛成はできないが、SNS上で次々と料理の情報が消費される昨今、ある種の宿命的な流れともいえるのだろう。

美食のかつてない転換期

 こうしたトレンドを牽引しているのが、2002年に英国で設立された『世界ベストレストラン50』(以下50ベスト)である。このアワードは、世界中の食の専門家1,040人が投票することによって、その年の世界のトップ50のレストランを決めるランキングである。

 その結果は各国のニュースで報じられるぐらい影響力をもち、“美食のアカデミー賞”とも呼ばれるほどである。ちなみに、先の『エル・ブリ』も、デンマークの『ノーマ』も、過去に世界一の座に輝いている。この50ベストの投票基準はいたってシンプルで「あなたにとってベストレストランは?」というだけ。料理法や素材の良し悪し、料理の質や味わいはもちろん、お店の内外装のデザインや調度品の設えや雰囲気、お店へのアクセスの利便性(時に困難さという楽しみ)、あるいはシェフの哲学や人間性やルックスなども投票の動機づけになる。

 審査員は原則匿名で、毎年25%以上が入れ替わる。投票の基準は個人に委ねられるが、過去18ヶ月以内に訪れた店に限られる。個人的な印象で言えば、皿の上の表現の割合は全体の1/3くらいだろうか。料理の質が高く美味しいのは当たり前で、その上でどんな世界観を提供できるのかが重要なカギとなる。もちろん、世界中に様々なレストラン・ガイドやランキングがあり、ミシュランのような皿の上に重点を置いたガイド本もある。

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