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片頭痛「患者に朗報『3種の新薬』が登場」平田幸一(獨協大学副学長)

文・平田幸一(獨協医科大学副学長)

平田幸一

平田氏

片頭痛の患者は全国に800万人以上

「頭痛持ち」と呼ばれる人がいます。精神的なストレスや睡眠の過不足、天候や気温の変化、におい、あるいは空腹や飲酒など、様々な要因によって引き起こされる頭痛を基礎疾患に持つ人のことです。

頭痛には拍動性の痛みを持つ片頭痛や、数週間から数カ月にわたって断続的な痛みに襲われる群発頭痛、さらには肩や首の筋緊張が引き起こす緊張型頭痛などいくつかの種類がありますが、中でも特に多いのが片頭痛。この病気に悩まされている人は全国に800万人以上いるとされ、当院(獨協医科大学病院)頭痛外来受診者の8割以上が片頭痛の患者で占められているほどです。

片頭痛の特徴は、1カ月に数回の発作が起きる、1度始まると3日程度発作が続く、頭の片側が痛むことが多い(両側が痛むこともあります)、光や音に敏感になる、吐き気や嘔吐を伴う――など。これらの症状が一つだけの人もいれば、複数出る人もいます。

症状の強さも個人差がありますが、重症の人は発作が始まると、耐えがたい激痛に苦しむことになります。外出時に発作に見舞われてうずくまってしまい、それを見て驚いた周囲の人が救急車を呼ぶ騒ぎになる、といったことも珍しくありません。比較的症状の軽い人でも、頭痛によって活動性は大幅に下がり、仕事や家事などの日常生活を送ることは困難になってしまいます。

いったん発作が始まると、薬物治療もあまり効果は期待できません。従来、片頭痛に用いられてきた急性頓挫薬といえば、アスピリンが有名です。しかし、世界的に名の通ったこの薬をもってしても、患者さんが納得できる効果が得られるのは少数でした。

アスピリン以外にもロキソニンやカロナール、セロトニン受容体を刺激するトリプタンなどが使われてきました。それで効果が出ればいいのですが、満足のいく効果があるかどうかは飲んでみないと分からない、というのが実際のところ。しかも、ロキソニンには消化器系への副作用対策として胃粘膜保護薬を併用する必要があり、トリプタンは血管収縮作用から血管系の基礎疾患を持つ人には使えないなどの制約があり、どちらも処方には慎重な医療判断が求められます。

それでも、患者さんは薬を欲します。たとえ副作用があってもいい、大きな効果は期待できなくてもいいからと、ほんのわずかな症状の改善を求めて、薬にすがってきたのです。

医療機関を受診するならまだいいのですが、中には医師の判断を受けないまま市販薬に頼り切ってしまい、使用過多(薬物乱用)の危険性が疑われる患者さんも多くいました。

こうしたことを背景に、片頭痛の治療は、痛みが出てから行うのではなく、痛みが出る前に、予防的に薬物を投与する方向へとシフトしてきました。これは他の慢性疾患とは異なる点と言えるでしょう。

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片頭痛治療の革命

ただ、予防薬も絶対的な信頼を得るまでには至っていませんでした。抗てんかん薬、カルシウム拮抗薬、ベータ遮断薬、抗うつ薬など様々な薬が使われてきましたが、実際は「効く人には効く」というもので、確実性の面ではいま一歩、といった印象が拭えなかったのです。

これまでの典型的な片頭痛治療とは、予防薬として抗てんかん薬などを毎日飲み、それでも発作が始まると、たとえばトリプタンとロキソニンを併用する、というもの。しかし、それで痛みをコントロールできていたのは全体の半分程度で、残りの半分の人には効かず、激痛と吐き気に耐えるしかなかったのです。

そんな片頭痛治療に昨年、大きな変化が訪れました。CGRPという痛み物質に作用する「発作抑制薬」と呼ばれる新薬で、2021年の春から夏にかけて3剤が立て続けに臨床導入されたのです。この発作抑制薬という名称は、従来の予防薬と明確に区別するためにつけられました。

CGRPとは、脳を廻る三叉神経から放出されるたんぱく質とアミノ酸の中間的な存在のペプチドです。これが血管を拡張させて炎症を起こすことで、片頭痛の痛みが起こるというメカニズムがわかってきました。片頭痛を起こさないためには、このCGRPの効果を無力化すればいいのですが、ようやくそれが実現したのです。

登場した順に解説すると、CGRPそのものに作用して痛みを起こさせない「エムガルティ」、CGRPが取り付こうとする受容体を塞いで発作を抑制する「アイモビーグ」、そしてエムガルティと同様の作用機序の「アジョビ」の3剤です。

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このうちエムガルティとアイモビーグは1回の投与(注射)で効果が1カ月持続するのに対して、アジョビは1回に3本まとめて投与すれば3カ月間効果が持続します。

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