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【イベントレポート】文藝春秋カンファレンス「ファンとの約束 ~『意味』を売る、『体験』を買う、ブランドエンゲージメントのDX~」

新型コロナウイルスによるパンデミックの影響は、消費者の価値観や行動を大きく変え、それに対する企業活動にも大きな変革の必要性を突きつけている。流通・小売り・サービス業界を中心に、オフラインとオンラインの買い物や体験を統合する動きが加速する一方で、店舗とECの情報がシームレスにつながり、データを融合させることでより最適な購買体験や新しい商品、サービスを提供していくためには、課題も多く存在する。

「ビジネスモデルの変革に伴う意識改革」「全社データの統合による意思決定の高速化、効率化」「商品サイクルの短命化とシェア争いへの対応」「DXによるビジネス拡大とコスト増への対応」「未来を見据えた仮設の実行と変革の実践」「顧客はいったい何を求めているのか」「顧客一人一人のニーズに合った価値を提案できているのか」など、やるべきことを整理し明確にし、挑戦と失敗を繰り返してみることが不可欠となっている。

なかなか出口が見えないコロナ禍を、新規顧客の獲得、既存顧客との関係強化の機会と捉え、関わりたいと思ってもらえるような共感の創造や一瞬で完了する購買体験、オンラインとオフラインでの仕掛けづくりなどに投資し、持続的な成長を実現している企業も増えてきている。

つながるからには裏切らない、今、企業には「ファンとの約束」を真摯に守る姿勢とサービスの提案が求められている。そこで、本カンファレンスではこうした「リテールの近未来」に焦点を当て、消費者視点、提供者視点で考えるデジタルを通じた「つながり方」「信頼関係」の構築について多様な視点から考察した。

♦基調講演

すべてがオンラインになる、アフターデジタル時代の思考法
~ UXの最大化で築くファンとの絆 ~

藤井さん①

『アフターデジタル』シリーズ著者、
ビービット 執行役員CCO 兼 東アジア営業責任者
藤井 保文氏

藤井氏は1984年生まれ。東京大学大学院を修了し、上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX(ユーザーエクスペリエンス)思想を探究し、実践者として企業・政府へのアドバイザリーに取り組む。AIやスマートシティ、メディアや文化の専門家とも意見を交わし、新しい人と社会の在り方を模索し続けている。『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)の続編であり、実践的な方法論を記した『UXグロースモデル』と、世界のトップリーダーの議論をまとめた『アフターデジタルセッションズ』を、2021年に出版。AFTER DIGITAL Inspirationでは編集長として情報を発信中。

藤井氏はまず、“アフターデジタルの世界観”を提示。日本企業は「リアルにくっついたデジタル」として活用しがちだが、デジタルはむしろ起点であり、「リアルというレアで貴重な場」をどう活用するかを考えていくべき、と口火を切った。

アフターデジタル、DX(デジタルトランスフォーメーション)の140字エッセンスとして5項目を提示。

① モバイルやIoTでデジタルリアル融合の時代がくる 
② 行動データが大量に出る
③ できる価値提供や顧客理解が変わる
④ 製品販売だけでは行動データ不十分、体験提供が必須
⑤ 「UX良い→行動データ貯まる→UX良い」

のループが競争原理になり、UX良くないとデータも貯まらない。
行動データが得られることで顧客理解の解像度が一段と高まる、と述べた。

製品販売型から体験提供型ビジネスに移行する流れは世界的にあり、中国ではすでに決済を軸に経済圏を持つ「決済プラットフォーマー」、ユーザーの生活を向上させる「サービサー」そして製品をつくる「メーカー」の3レイヤーになっていて、日本もトヨタが“モビリティプラットフォーマー”になると宣言しているようにその流れに乗っている。そして、DXの目的はあくまで行動データの取得・蓄積であり、新たなUXの提供が重要である、と強調した。

中国の新興電気自動車メーカーNIOやナイキの例を引きつつ、製品を売ることをゴールにしたバリューチェーンから、使い続けてもらい、顧客が成功を収め思い通りの体験ができる「バリュージャーニー」への移行を提言。潜在顧客をファネル(漏斗)に集客して、繰り返しプロダクトやサービスを売り切ることで収益化するモデルに止まることなく、“その先の使用体験の提供”を含めた視点でビジネスを捉えよ、と論じた。

 また、バリュージャーニーは部分における体験更新を積み重ねいつの間にか上位コンセプトを刷新する「ボトムアップ型」と、中長期のジャーニー全体構想を描き必要なサービスを開発する「トップダウン型」を統合しつつ活動すべきと説明。

藤井さん②

最後に要点を以下の3点、

① アフターデジタル時代はUXドリブンな体験提供ビジネスの時代であり、UXと行動データのループを回す企業が勝つという原理に移り変わる。
② これまでの製品販売型ロジックから離れるには、“製販使用一体モデル”を意識し、使用体験への投資を重視する必要がある。
③ バリュージャーニーにおいて、UXの企画と実装の能力は必須。UXグロースモデルによる業務変改が、組織を時代対応可能なものに変える。

とまとめて、基調講演を締めくくった。

♦イノベーション講演

Amazon Payが支援するエンゲージメントを高めるDX
~自社ECのファン作りは決済体験から~

井野川さん①

アマゾンジャパン合同会社
Amazon Pay事業本部 本部長
井野川 拓也氏

井野川氏は2010年1月より2015年10月までアマゾンジャパン セラーサービス事業本部 事業開発部 部長として、セラービジネスの事業企画、マーケティング、出品事業者向けの広告事業、事業者向けのID決済ビジネスなどを担当。2015年11月よりAmazon Pay事業の日本における責任者となり現在に至る。

Amazonの理念は「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」。同社のビジネスの本質は「お客様の購買決断を助けること」にある。よって、Amazon以外のサイトでもAmazonアカウントを使って簡単・安心・便利に買い物ができるサービス=Amazon Payの利用・導入企業開拓にも力を入れている。

EC(電子商取引)サイトで来客が離脱する理由の上位は、
・手数料や送料など追加コストが高い
・会員登録が必須だった
・購入までのプロセスが複雑で長すぎる
・クレジットカードの情報を入力したくない
といったものだが、Amazon Payはそれらの大半を解決する。また、一定の条件を満たせばポイント還元・保証(Amazonマーケットプレイス保障)プログラムもある、と紹介。

 EC事業者の課題は、
・新規顧客の獲得
・顧客満足度の向上
・ロイヤルカスタマーの醸成、リピーターの醸成
・EC部門の売り上げの向上
などだが、Amazon Payはそれらの課題解決にも寄与できるとアピール。

井野川さん②

デロンギや、日本ハムファイターズ、ユナイテッドアローズ、JINSなどの例を引いて、Amazon Payのメリットや集客力、売り上げ増への貢献力、コンバージョンレートの改善率、購入単価の高さなどを紹介。コメ兵やアイロボットジャパンの例で不正取引対策にも貢献できることなどを説明し、Amazon PayはEC事業者にとって利用価値が高くメリットの多いマーケティングツールである、と強調して締めくくった。

♦特別講演①

エスティ ローダーのHigh Touch Consumer Experience

小幡さん

ELCジャパン株式会社
エスティ ローダー / トム フォード ビューティ ブランド ジェネラル マネージャー
小幡 元氏

小幡氏は2013年3月、米国Estee Lauder CompaniesでVice President, Global Retail Experience for the Estee Lauder brandなどを歴任。リテールマーケティング、リテール イベント&イノベーションを担当し、消費者体験のオムニチャネル化を促進した。2021年2月、現職に就任。グローバルでの成功例を日本の消費者に合わせて取り入れ、新たなエスティ ローダーを展開している。

「ふれあう一人ひとりに最高のものを届ける」がエスティ ローダーの信念・理念。創業者は米国人ミセス△エスティ ローダーで、2021年は75周年を迎えた。1946年、わずか4種類のスキンケア製品からビジネスをスタート。高機能で洗練されたスキンケア、メークアップ、フレグランス(香水)製品を創り続けている。

小幡氏ははじめに、創業者が成し遂げた美容業界の革新、画期的な製品やビジネスモデル、斬新なアイデアを紹介し、その信念や視点が現在も変わることなく同社のマーケティング手法に反映されていると語った。

例えば、商品を購入したお客様にプレゼントを贈る「GWP=Gift With Purchase」もミセス△ローダーが始めたのだという。また、SNSが登場する50年以上前に「口コミキャンペーン」を実施。電話、電報、そして自ら接客して対話し、カウンセリングし商品の販促を行った。顧客とのタッチポイントを多く持ち、実際に会い、肌に触れ、寄り添うことを重視していたという。

その理念「ハイタッチ」は、現在同ブランドの美容部員が登場する動画コンテンツ「ライブコマース」などに今も生きている。エンターテイメントとエデュケーションを融合したコンテンツになっており、実際に店頭で説明・販売をしているスタッフがオンライン上で楽しく、分かりやすく商品の使い方や特徴を伝える。

また、ハイタッチ理念のもと、最新のAI・ARテクノロジーを活用した、リアル/バーチャルのカウンセリングも行っている。“いつでも、どこでも、自由に”お客様に最適な買い物が楽しんでいただける環境を整えているという。

最近のSNSで行ったモニターキャンペーンでも、当選者には、ブランドの世界観・理念をお伝えできるように、フラグランスで香りを添え、創業者ミセス△エスティ ローダーの言葉が印刷されたカードを同封し、商品を送った。インフルエンサー起用にあたっても、継続的に長く関係を構築でき、リアルな声を自発的に発信してくれる方を選んでいる、と語った。

最後に、名誉会長レナード ローダーの言葉「ブランドが時代の変化の中で意義のある存在でありつづけるためには、常に進化し続けていく必要がある。消費者は、想像もつかないスピードで進化をしている」を紹介して、講演を終えた。

♦特別講演②

ユナイテッドアローズのファンエンゲージメント
~ オンラインとオフラインで届ける“寄り添う接客”に向けて ~

藤原さん

株式会社ユナイテッドアローズ
執行役員CDO、DX推進センター担当本部長 兼
同デジタルマーケティング部 部長
藤原 義昭氏

藤原氏は1974年名古屋生まれ。大学卒業後、リユース大手コメ兵に入社。ジュエリー部門で鑑定・査定業務や商品の仕入れを担当。その後、同社のECサイトの立ち上げと運営の中心メンバーに。マーケティング、営業戦略、広報、販促、CRM、IT、出店開発等さまざまな部門の業務に従事し、同社での最終役職は執行役員マーケティング統括部長。2021年4月ユナイテッドアローズ入社。DX推進センター担当本部長 兼 同デジタルマーケティング部 部長に就任。

ユナイテッドアローズの経営理念は「真心と美意識をこめてお客様の明日を創り、生活文化のスタンダードを創造し続ける」。藤原氏は、何をやるか?ではなくお客様はどう思っているのか?に一番重きを置いて思考・行動するようにしているという。

同社は、コロナ禍にあって以下を実施した。
・一般パネルリサーチ(一般生活者の意識、競合優位性=期待されていること、を調査)
・会員購買データ分析(ライフタイムバリュー=LTVキー・ドライバー、ジャーニー分析)
・既存顧客アンケート(定量調査)
・インタビュー(ウエブでの定性調査)

その結果、同社は競合に比して「商品力」「接客力」が非常に優位にあることが判明。また、コロナ禍においても店頭が最も大切で、自社ECもそれに次いで大切な情報提供場所であることも分かった。
同社の資産は
・支持される商品を作る能力=品質、トレンド性
・店舗網
・セレクトショップならではの豊富な品揃え
・ソフトスキル=接客、スタッフのスタイリング
であることを再確認したとのこと。

自社に無いものは、いきなりは生まれない。自社が持っている強みを生かすべき、と力説。新しいツールであるライブコマース、LINE接客などは同社得意の接客技術が使え、顧客との丁寧なコミュニケーションができる。よって、コールセンターもLINE接客もすべて強みを活かせる自社スタッフで行っているという。

要諦として
・世の中で言われていることを鵜呑みにしない
・顧客の動きは事実を捉える
・直接顧客に聞く
・以上の事実を基にお客様が求めることを考え、提供することにより長いお付き合い(LTV)ができる
・無いものは使えない
・顧客とのコミュニケーションはすべてが接客である
と、明快に述べた。

♦ディスカッション

「意味」を売る、「体験」を買う、ブランドエンゲージメントのDX

最後のプログラムとして、ELCジャパンの小幡氏、ユナイテッドアローズの藤原氏、アマゾンジャパンの井野川氏がディスカッションを行った。司会は文藝春秋の田中 裕士。

「オンラインとオフラインの融合により顧客との関係はどのように変化してきているか?」「新規顧客獲得・リピーター獲得に向けた施策について」「組織戦略、パートナー、顧客との価値共創について」「顧客はいま『何』を求めているのか」といったテーマごとに各人、各社の知見が披露され、活発なファンとの約束、ファンとの信頼関係談義が展開された。

ディスカッション藤原さん

まとめとして藤原氏は「デジタル化が進み、また、デジタル関係の施策をいろいろ行っているが、本質の部分は『お客様がどう思っているか』だと考える。そこを常に忘れずにいたい。デジタルも、対面接客などのフィジカルな部分も両方大切にしていきたい」と述べた。

ディスカッション小幡さん

小幡氏は「5年前の顧客体験を振り返ってみると、ライブコマースなどの新規テクノロジーを使ったバーチャルなコミュニケーションはまだなかった。これからの5年でどれだけさらにコミュニケーション手法が進化していくか、非常に楽しみ」と今後への期待感を披露。

ディスカッション井野川さん

井野川氏は「お客様=消費者がより安心して買いやすいようにするにはどうするか、という視点、そして我々は事業者さんもお客様なので事業者さんのビジネスをいかに助けてあげられるか、を愚直に考えて、サービスの改良改善に努めていきたい」と締めくくった。

ディスカッション

2021年12月10日 オンラインにて開催 撮影/末永 裕樹
注:登壇者の所属はイベント開催日当日のものとなります。

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