
井上ひさし マルクス兄弟を見せられた 井上ユリ 100周年記念企画「100年の100人」
「吉里吉里人」や「ひょっこりひょうたん島」などで老若男女から愛された小説家、劇作家の井上ひさし(1934~2010)。「まぎれもない天才」を妻・井上ユリ氏が綴る。/文・井上ユリ(料理研究家)
井上氏
結婚当初、ひさしさんは映画のビデオを次々にわたしに見せた。ビリー・ワイルダー、黒澤明、ヴィットリオ・デ・シーカ等々。自分の好きなものを知ってもらおうとしていたのと同時にこちらの反応を見ていたようだ。マルクス兄弟でわたしが笑い転げるのを見て、心底安心したように「これを面白がってくれてよかった」と言った。
一方で、わたしがイタリア料理を教えていたものだから、俄然イタリアに興味を持ち、書くものの中で料理にふれるなど、なにかとわたしの受け売りをするようになっていた。
その様子を見ていた姉(米原万里)は、「ひさしさん、て『可愛い女』だったのね」と言った。チェーホフの短編小説、「可愛い女」の主人公オーレンカは、男運が悪いため何度か結婚するが、いつもそのときの夫と一体化してしまう女なのだ。
あのときのひさしさんは、離婚を経験して、もう失敗したくないから一所懸命わたしに合わせていたのだろうし、それまで知らなかった世界にふれて面白がってもいたのだろう。
井上ひさし
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