見出し画像

“東大女子”のそれから|三輪記子(弁護士)

日本の大学の最高峰「東京大学」に初めて女子が入学したのは1946年のこと。それから74年――。本連載では、時代と共に歩んできた「東大卒の女性たち」の生き様に迫ります。第5回は、弁護士の三輪記子さん(法学部卒業)にお話を伺います。本業に加えてテレビ番組のコメンテーターとしても活躍する三輪さんですが、小説家の夫・樋口毅宏さんの『おっぱいがほしい! 男の子育て日記』では破天荒な男性遍歴が明かされ、話題となりました。 /聞き手・秋山千佳(ジャーナリスト)

――連載第1回で中野信子さんが、東大女子には親との葛藤を抱えた人が多かった印象があるというお話をされたんです。良い子でいようという気持ちが強い、とも。その点、三輪さんは自由奔放で親の目を気にしていないように見えますが。

三輪 そう思うでしょう? 実はすごく気にしています。東大女子には特に母親の重圧があった人が一定数いるのではないかと思うんですけど、母親が後の時代に生まれていたらやりたかったことを娘にさせたい、というのが恐らくある。私自身もそこはすごく感じていましたし、いつまでも母親の言いなりにならないためにも、東大に行ったほうがいいと考えたんです。親の支配から逃れられる、関係性を逆転できるアイテムになるから。

画像6

――お母さんのご職業は何だったのですか。

三輪 専業主婦です。広島大学を出てアメリカに4年半くらいいたので、ちょっと変わり種ではあると思います。父は元私立大学職員です。

――時代が違えば、専業主婦ではないことをやりたかったような。

三輪 そうです。だから娘にさせたいことがたくさんあって、そのために学歴を身につけろという考えが強かったですね。

――物心ついた頃から教育熱心な家庭でしたか。

三輪 はい。母は個人的に頼まれて英語の家庭教師をしていて、父が本をたくさん買う家でしたね。教育というか勉強することが身近な家庭だったと思います。

――中学受験も既定路線でしたか。

三輪 そこは小学校5年生の時に自分で選択しました。ただ当時、東大を目指すような女子の進学校があるのは東京だけ。私の育った京都で女子が行けるのは、付属校の同志社が一番上で。

――男子の進学校なら関西圏にもたくさんあるのに。

三輪 あります。灘以外ならどこでも合格できると自分では思っていました。小6の夏休み頃に、灘や開成、麻布、ラ・サールの入試問題を先生に与えられて、灘を除いて合格点を取れたので。

画像6

――でもどれだけ勉強しても、現実は、同志社より上がなかった。

三輪 そうです。同志社は入りたかったし楽しかったですけど、同級生の8割5分くらいはそのまま同志社大学に行く。別の大学を目指すなら、高校では周りと同じことをやっていてはいけないという感覚がありました。

――東大文Iを志したのは外交官を目指していたからとか。そこにお母さんの影響は。

三輪 あったと思います。英語を使う仕事で、一人で生きていける。「女の子はかわいかったら生きていけるけど、あなたはかわいくないから男に頼らず一人で生きなさい」とずっと言われていたので。

――なるほど。その呪縛が解けたのは何歳くらいですか。

三輪 25歳くらいです。

――そんなに後のことですか。高校生の頃は女子高生ブームのはしりの時期ですよね。

三輪 でも女子高生っぽい感じでは全然なく、ジーパンで坊主と変わらない髪形で。

――じゃあ、後のような華麗な男性遍歴はまだ……。

三輪 若干芽はあって、そんな出で立ちでも寄ってきた進学校の男の子が何人かいました。教育にはお金を惜しまない家だったので、塾代と言えば大体のお金をもらうことができた。塾代をもらったら、恐ろしいことにお金と時間ができるんですよ。「10時まで授業があった」とか言って、ホテル代に使ったりしていました。ひどいですよね。どんな高校生(笑)。

――(笑)。それでも、東大には現役で合格。行政機構研究会という有名なサークルに入ったんですよね。

三輪 一瞬だけ入りましたが、これが強烈な体験で。官僚を目指す人が多く集まるサークルですが、どの官僚が何年入省という名鑑を持っていたり、「国民は……」とか語り合っていたりする。自分とは感覚が違うと痛感して、外交官の夢はやーめた、と。それよりも、もっと即物的な、酒とか男の方が重要になったんです。

画像6

――1年生から酒と男にどっぷりですか。

三輪 そうです。ただ、2年の夏から陸上部の先輩と付き合うようになって、私はそれまで幽霊部員だったんですけど徐々に行くようになって。陸上は真面目にやりました。

――東大女子だった方から、体育会は男性優位の環境だったと聞きましたが。

三輪 それはすごく。男尊女卑を最も感じる世界でした。男女でだいたい同じ練習をして、女子が走るのは一番最後。男子のためにタイムを計っても「ありがとう」と言われることはほぼない。東大に入って足が速い男子なんて、いわば強者中の強者で、万能感がある層ですよ。こんなふうに勝ち上がってきた人間はそうじゃない人間が見えないんだなと、当時から思っていました。部で集まって餃子パーティーとかすると、台所に立つのは他大のマネージャーさんと女子部員だけです。女子が台所に立つのは当然という雰囲気でした。

――なるほど。

三輪 映画研究会にも入っていましたけど、文化系と体育会系では全然違う。今も陸上部のOB会には積極的に行くようにしているんですけど、私が行かないと男ばかりです。

――女子は嫌になってしまって来ないんですか?

三輪 陸上部だった東大女子の多くは東大生と結婚していて、エリート男性は忙しいから、妻は仕事、育児以外の第3の活動はできないんだと思います。

――でもそのエリート男性は第3の活動としてOB会に来るわけですよね。

三輪 そうです。女の側もよくないのは、運営は男の仕事だと捉えている面があります。そういう先輩たちを見て在学生もそう学習する。それは違うと私は思うから、出席するようにしているんです。それでちゃんと発言もする。

――なるほど。東大女子は東大生と結婚するのが王道ですか。

三輪 それは王道だと思います。私みたいなのは外道ですよ(笑)。

――外道って(笑)。

三輪 でも私も、大学に入る前から付き合っていた人、大学の先輩、その後は後輩と付き合って、その後付き合った人も東大生なんです。

――三輪さんが公的に彼氏と認定している6人中、4人目までが東大。

三輪 はい。

――以前は親に安心してもらえる相手と付き合って結婚したいと思っていたと、YouTubeで話していましたね。

三輪 はい。そこも母の影響で、最低ラインが東大だった。母が、歌手の加藤登紀子さんはすごいとよく言っていたんです。「普通、自分が東大なら、自分より下の学歴の男とは結婚なんかしないでしょう」と。女性は自分より学歴が低い男とは付き合わない、みたいな規範がそれで芽生えたのかなと。

この続きをみるには

この続き: 1,990文字 / 画像3枚
この記事が含まれているマガジンを購読する
政治家や経営者のインタビュー、芸能人の対談、作家のエッセイ、渾身の調査報道、心揺さぶるノンフィクション……発行部数No.1の総合月刊誌『文藝春秋』が、あなたの人生を豊かに彩るコンテンツをお届けします。シェアしたくなる教養メディア。

文藝春秋digital

月額900円

月刊誌『文藝春秋』の特集記事&ウェブオリジナル記事が読み放題。2019年9月号以降の過去記事もアーカイブ。記事単体の購入よりもお得です。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

記事へのご意見・ご感想をお待ちしています。「#みんなの文藝春秋」をつけてご自身のnoteにお書きください。編集部がマガジンにピックアップします。皆さんの投稿、お待ちしています!

ありがとうございます!
21
シェアしたくなる教養メディア。100年近くの歴史がある総合月刊誌「文藝春秋」が、あなたの人生を豊かに彩るコンテンツを毎日お届けします。

こちらでもピックアップされています

文藝春秋digital
文藝春秋digital
  • ¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事&ウェブオリジナル記事が読み放題。2019年9月号以降の過去記事もアーカイブ。記事単体の購入よりもお得です。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。