佐藤優のベストセラーで読む日本の近現代史 「辺野古遠望 (『あなた』所収)」 大城立裕
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佐藤優のベストセラーで読む日本の近現代史 「辺野古遠望 (『あなた』所収)」 大城立裕

日本による沖縄差別の構造を冷徹に見据える

作家の大城立裕先生が、2020年10月27日に沖縄県北中城村の病院で老衰で亡くなった。95歳だった。

〈大城氏は1925年生まれ。県立二中を卒業後、中国・上海にあった東亜同文書院大学に入学した。敗戦で大学が閉鎖され同大学を中退し沖縄に帰る。/戦後は米施政下の琉球政府職員、日本復帰後は県職員を務めた。青春の挫折と沖縄の運命とをつなげる思想的な動機で文学に関わり、職員の傍ら執筆を続けた。日本復帰前の67年、米兵による暴行事件を通して、米琉親善の欺瞞(ぎまん)を暴いた「カクテル・パーティー」で芥川賞を受賞した。68年には沖縄問題の根源に迫った「小説琉球処分」を出版した。復帰後は県立博物館長も務めた〉(「琉球新報」10月28日)

大城先生との出会いは一通の手紙からだった。2008年に沖縄出身のエンターテイメント作家が琉球王朝をモデルにした長編小説を書いた。この作家と評者はある週刊誌で対談した。イニシアティブは、その週刊誌によるもので、刊行を機にしたパブリケーション(宣伝)に近いものだった。出版界ではよくある話だ。それから1カ月くらいして、沖縄の新聞社から長文の手紙と資料が送られてきた。「大城立裕氏の依頼で転送する」と添え書きされていた。先の対談に関して、「まだ読んでないが広告で対談を知り、一言伝えておきたいことがある」と前置きした上で、以下の趣旨が記されていた。手紙はどこかに紛らしてしまったので、評者の記憶を復元したものだ。

「この小説で用いられている創作琉歌のほとんどが、『琉歌大成』に掲載されている琉歌を無断で転載したものだ。しかも、区切り方が奇妙なので、この小説家は琉歌をまったく勉強しておらず、日本の読者のエキゾチズムに応えるために利用しているに過ぎない。また首里言葉として用いられている会話に石垣島の方言が多数入っていて、歴史小説としては奇妙だ。あなたは沖縄にルーツを持っている人と承知しているので、この小説を論評する際には、特段の注意を払ってほしい」

琉歌とは、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島、奄美諸島に伝承される叙情短詩形の歌謡のことだ。和歌が5・7・5・7・7の31文字であるのに対して、琉歌は8・8・8・6(サンパチロク)の30字だ。和歌と琉歌ではリズムが異なる。このリズムが沖縄と日本の文化、また人々のアイデンティティーを形成する上で大きな意味を持っていると評者は考える。これも大城先生から教わったことだ。

早速、手紙に記されていた電話番号に電話すると、大城先生は、若い作家がエンターテイメントの小道具として琉球王朝の文化を用いることで文化植民地主義を助長するという懸念を表明した。評者はその通りと思い、その小説の版元に連絡した。次の版からは、参考文献に琉歌集が記されるようになった。それから大城先生と頻繁にメール、電話で意見交換するようになった。

大城先生の作品は、沖縄では常にベストセラー入りした。まさに沖縄の「民族的作家」なのである。政治を文化に包み込み、沖縄人の内在的論理を表現する類い稀な能力を大城先生は備えていた。

沖縄の現在を理解するのに最適なテキストが「辺野古遠望」(『あなた』に収録)だ。私小説の体裁で、作家の「私」と辺野古工事を請け負うことを余儀なくされた建設会社社長の甥との関係で、沖縄人が沖縄人と対立する構造がどのようにして作られているかを見事に描いている。この作品を精読すると、辺野古新基地建設問題が原因で沖縄と日本の関係が悪化したという認識が間違っていることがよくわかる。日本により歴史的に形成されてきた構造化された沖縄差別の構造が原因で、辺野古問題はその結果なのである。大城先生は沖縄の日本復帰を振りかえり、こう述べる。

同化の機会は何度もあった

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