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北朝鮮「核ミサイル施設」極秘画像 古川勝久

もはや「敵基地攻撃能力」だけでは手がつけられない。/文・古川勝久(国連安全保障理事会・北朝鮮制裁委員会専門家パネル元委員)

どうすれば敵基地を叩くことができるのか

2022年初頭より北朝鮮は日本海に向けて頻繁にミサイルを発射した。1月27日までに弾道ミサイル計8発と「長距離巡航ミサイル」計2発である。うち5日と11日に発射したのは「極超音速ミサイル」で、14日と17日、27日に発射したのは固体燃料推進方式の短距離弾道ミサイルだ。

極超音速ミサイルが配備されれば迎撃は以前より困難となりかねない。また、固体燃料推進方式のミサイルは液体燃料方式に比べ事前の発射準備が短縮されるため、発射前の探知が困難な場合が多い。世界中がパンデミックに気を取られていた間も、北朝鮮は着実にミサイル関連技術を進歩させてきた。今回、私たちは衛星画像の解析から、ミサイル関連施設のインフラ整備が急速に進行している事実を明らかにした。

北朝鮮が進めてきたのはミサイル関連技術だけではない。昨年来、核関連施設も活発に稼働させ、兵器級核物質の生産も推進してきた可能性が極めて高いことが、同じく衛星画像の解析から明らかになった。

今、日本の政権中枢では「敵基地攻撃能力」を保有せよとの声が上がっている。だが、その議論を始める前に、まずは「敵基地」の現状を知ることが大切である。その上で、日本はどうすれば敵基地を叩くことができるのかを検討すべきだろう。

まずは、ミサイル発射の陰に隠れがちだが、より深刻な「核兵器増強」の現状から見てみよう。

赤く染まる「核の心臓部」

現在、私はオーストリア・ウィーン市内の研究機関に所属している。ここでは米国の地球観測衛星から撮影した画像データなどをもとに、オープン・ソース・インテリジェンス(オシント)の研究を行っている。同僚のジェイウー・シンは、韓国籍だがドイツで生まれ育った優秀な若手分析官である。彼は今、衛星画像を用いて北朝鮮の核計画の「首都」ともいうべき寧辺郡における主要施設の温度解析に取り組んでいる。

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シン分析官が寧辺地区における温度解析を終えたのは2021年末のことだ。「ようやくできた」。作業を終えた彼のパソコン画面上には、寧辺郡の核施設区域一帯の衛星画像が映し出されていた。通常の衛星画像ではない。一面がほぼ緑一色だが、ところどころ黄色や赤色のスポットが見える。色の違いは温度差を示しており、黄色の地点では緑色の地点より温度が高く、赤色はさらに温度が高いことを示す。

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衛星画像による寧辺郡の温度解析結果(2021年9月29日時点)

これは深刻な問題を提起していた。黄色や赤色の地点の中には、「核の心臓部」ともいうべき5メガワット黒鉛減速炉や放射線化学研究所、ウラン濃縮施設が含まれていた。温度解析結果は、これらの施設の内部で活発に活動が再開されていたことを示唆していた。

5メガワット黒鉛減速炉を稼働すれば、核兵器の材料となるプルトニウムを含有する使用済み核燃料棒ができる。これらを放射線化学研究所で再処理すれば、兵器級プルトニウムが抽出される。他方、ウラン濃縮施設では、原子炉燃料用の低濃縮ウランに加えて、兵器級の高濃縮ウランも生産できる。

これらの施設が2021年、長期間稼働していた実態が、衛星画像の分析によって可視化されたのだ。

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寧辺の主要核施設における温度解析の暫定結果

2021年1月、金正恩氏は朝鮮労働党第8回大会で「様々な手段に適用できる戦術核兵器を開発し、超大型核弾頭の生産も持続的に進める」と決定した。寧辺の「核の心臓部」は、この決定の直後、核弾頭増産に向けて本格再稼働したわけだ。

もし黒鉛減速炉が1年間稼働すれば約6キロの兵器級プルトニウムを生産しうる。概算で核弾頭の約1~1.5個分相当の分量と思われる。

他方、高濃縮ウランについては、寧辺以外にも製造施設があると考えられているが、実態は不明だ。高濃縮ウラン型核兵器の製造力については専門家の間でも大きく見解が分かれており、専門家によって、年間5個または10~15個程度と予測の幅が広い。

いずれにせよ、北朝鮮は2021年に核兵器複数個分相当量の兵器級核物質を生産した可能性が高い。今この瞬間も、北朝鮮は核弾頭を静かに増産中と考えるべきだろう。直近のミサイル発射にばかり目を奪われがちだが、実は北朝鮮は昨年から粛々と核ミサイル戦力の基盤を強化していたのである。

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金正恩総書記

疑惑の核施設のリノベーション

衛星画像の解析からわかるのは、これだけではない。核兵器貯蔵の疑惑がある施設でも新たな進展が見受けられた。中朝国境の丹東市から東へ約80キロの距離に、北朝鮮・平安北道の行政区・竜徳洞がある。山間部の谷間にある田舎だが、CNNによると、米情報機関はここに核兵器貯蔵施設があると考えているという。2018年6月、シンガポールで開催された米朝首脳会談の頃、北朝鮮が複数の施設に核兵器を分散して隠蔽した疑いがもたれているが、竜徳洞はそのうちの一つだ。

この場所を最初に衛星画像分析で特定したのは、米ミドルベリー国際問題研究所のジェフリー・ルイス教授だ。彼が特定した疑惑の核兵器貯蔵施設は、竜徳洞の山間の小高い崖の上にある。ここに幅約35メートルの空き地があるのだが、2020年半ば頃まではこの空き地に山腹から大きなトンネルが2本、不自然に突き出ていた。ルイス教授とCNNによると、米政府当局はこれらのトンネルが核兵器の地下貯蔵施設の入口と考えていたという。


確かにここは怪しさ満載だ。トンネル周辺では、2020年7月中旬~10月中旬の間のどこかの時点で建設工事が開始された。やがて工事が12月初めまでに終わると、トンネルがあった場所には長さ36メートル、奥行き15メートルの大きな三角屋根の立派な「大邸宅」が完成していた。衛星画像を見ると、明らかにその屋根が部分的に湾曲してトンネル2本を覆い隠していることが見てとれる。どう見ても隠蔽目的の建造物としか思えない。その後も改築工事は断続的に続けられ、2021年11月15日撮影の衛星画像では、「豪邸」の敷地内の「庭」に通路と広場が完成していた。「庭付きの大邸宅」の出来上がりである。

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竜徳洞の疑惑の核兵器貯蔵施設入口の隠蔽工作
(2017年3月と2021年11月の比較)

果たして彼らが何を目指しているのか定かではないが、この疑惑の地下施設にはこれだけの労力をかけてまで隠蔽しなければならないものが保管されているのは間違いない。通路と広場の整備はロジスティックス面で必要とされたのだろう。疑惑の地下施設の重要性を物語っている。果たしてトンネルの中には何が隠されているのか。

ミサイル工場、秘密の地下施設

北朝鮮には核関連施設に加えて、様々なミサイル基地や工場も存在する。これらのミサイル関連施設でもインフラ整備等が大々的に進められてきたことが衛星画像からわかる。

例えば、平安南道の箴津里チャムジンニにある「テソン機械工場」は、北朝鮮の主要ミサイル工場の一つだ。ここは平壌から南西約15キロに位置しており、平壌と北朝鮮最大の港がある南浦特別市を結ぶ高速道路に近接する。付近には、カンソンのウラン濃縮疑惑がもたれている施設や、北朝鮮が誇る千里馬製鉄連合企業所もある。周囲には幾重もの対空砲陣地が配備されており、このミサイル工場は戦略的重要地域に位置している。

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カンソンの疑惑のウラン濃縮施設とその近隣の地下施設

同工場は2016年に弾道ミサイルのエンジン試験やICBM搭載用弾頭の耐熱試験が行われたことで知られるが、他にもノドン、スカッド、ムスダン等、短・中距離弾道ミサイルもここで製造されたと考えられている。

テソン機械工場の主要な地上施設は、複数の山に囲まれた平地にある。そのすぐ北側に白楊山があるが、この山には少なくとも6箇所の地下施設への出入口の存在が10年以上前から衛星画像で確認されていた。専門家の間では、うち少なくとも2箇所はテソン機械工場の地下施設に通じていると考えられてきた。

白楊山の地下施設は北朝鮮の主要ミサイル工場の重要拠点の1つである。2020年以降、同山中の地下施設はさらに重要度を増したようだ。衛星画像で見ると、白楊山の北側では同年初頭以降、山中の道路網が急速に拡充・整備された様子が一目瞭然にわかる。

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白楊山の地下施設入口(2011年4月時点)

整備された新たな道路網の全長は総計約5キロに及ぶ。この新たな山道は、山中の地下施設と、山のすぐ北側を走る高速道路を連結している。整備された山道の表面は舗装、強化され、その道幅は約5~7メートル。山道沿いには三叉路が4箇所ほどあるが、いずれも最大道幅が約15メートルもある。これだけの道幅であれば、ミサイルの輸送起立発射機(TEL)の通行も可能であろう。

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ミャンマー軍による北朝鮮のスカッド・ミサイル製造工場訪問時の様子(2008年11月、出典:The Irrawaddy, 10 June 2010)

つまり、この新たな道路網により、ミサイル搭載TELのような大型軍事車両でも山中から迅速に高速道路へ移動できるようになったわけだ。有事を想定した道路網整備なのかもしれない。

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