
角田光代さんの「今月の必読書」…『自転しながら公転する』
苦しくてすがすがしい濃厚なリアリティ
本書の主人公は与野都、32歳。東京で暮らしていたが、今は更年期障害の母親を支えるために実家の牛久に戻り、アウトレットモールのアパレル店で働いている。同じモールの飲食店で働く貫一と知り合い、交際がはじまる。貫一は都の名を知り、「貫一おみやって言ったら金色夜叉じゃん」と言い、都を「おみや」と呼ぶようになる。
金色夜叉といえば、宮が婚約者の貫一を捨てて、お金持ちの男性に嫁ぎ、貫一は復讐を誓って冷酷な金貸しになる……という未完の小説。貫一は都の婚約者ではないが、都は貫一という男が結婚にふさわしいかそうでないか悩み続ける。経済的な理由もある。でもそれだけではないのが、令和の貫一おみやである。
都は重度の更年期障害の母を支えなければならないし、でもその母から精神的に逃げていると父からは責められる。次第に貫一の生い立ちの複雑さと意外な一面が見えてきて都を戸惑わせる。職場のアパレル店ではいざこざが絶えない。休みなく動き続ける都を「自転しながら公転してる」と貫一は言うが、その自転公転のなかで都は貫一を見極めなければならない。何かひとつできごとが起こるたび、何かひとつ知らなかったことを知るたび、都は貫一という人間をあらたに発見するが、その都度、彼がどんな人間なのか、わからなくもなっていく。かたや、高校時代からの友人たちは、結婚したり妊娠したり、大人っぽい恋人がいたり、自分のほしいものをちゃくちゃくと手に入れていっている。
この続きをみるには
この続き:
957文字

noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju