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安倍晋三論【前編】“感動政治”はいつ始まったのか|プチ鹿島

7年8カ月超という憲政史上最長の在任期間を終えた安倍晋三前首相。「桜を見る会」前夜祭を巡る問題で、東京地検特捜部は安倍氏の公設第1秘書を政治資金規正法違反の罪で略式起訴した。一方、安倍氏本人は不起訴処分となった。12月24日に急遽開いた記者会見では、事実と異なる過去の国会答弁を謝罪しつつ、自身の関与は繰り返し否定。25日には衆参両院の議院運営委員会に出席し、国会答弁を訂正のうえ陳謝した。まだまだ過去の人にはなりえない「安倍晋三」という政治家について、時事芸人のプチ鹿島さんがあらためて考察する。(後編に続く)

◆ ◆ ◆

 安倍さんが最近お元気です。

 お元気すぎてまた「桜」も咲いてます。「桜を見る会を見る会」を数年前から結成していた私からすれば見逃せない動き。

 まず、首相辞任後からどんどん元気になってく様子を新聞紙面で追ってみよう。

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8月28日、記者会見に臨む安倍晋三氏(首相官邸HPより)

首相辞任後の「活発な動き」

 10月20日の日刊スポーツの一面には目を奪われた。アーチェリーで弓を弾くポーズのゴキゲンな安倍晋三前首相。全日本アーチェリー連盟会長に復帰したという。単独インタビューに応じ「五輪秘話」を語っていた。

 首相辞任後に安倍氏(以下敬称略)は新聞各紙のインタビューに積極的に応じている。

 面白かったのは日本経済新聞(9月30日)。安倍が7年8カ月超の政局運営を振り返り、2017年の衆院解散の判断が「一番当たった」と語っているのだ。

「自分で言うのもなんだが、衆院解散の判断で一番当たったのは17年秋の衆院選だ。森友・加計問題で責められ、支持率も少しずつ下がっていた。17年8月に支持率が少し上がった」

 それならどこかで勝負しようと考えた、と。当時は小池百合子率いる「都民ファーストの会」の国政進出が噂された。

「いちかばちか小池氏の準備が整っていないときに襲いかかるしかないと思った。自民党内でも反対された。結果として小池氏への支持が広がらず、自民党が284議席を得た。逆『桶狭間』という状況になった」

 逆桶狭間! 安倍さん本当にゴキゲン。それにしても織田信長のような怖さを小池さんに感じていたのですね。

 たしか国難突破解散と言っていた気がするが「小池氏の準備が整っていないときに襲いかかるしかない」って、解散の大義はやはり何でもいいと教えてくれたインタビューであった。

 実は最近も解散についてパーティで言及している。《「来年いつ選挙をやるかは菅義偉首相が決めること。私がとやかく申し上げるわけにはいかない」と断りつつ、「もし私が首相だったら、(誘惑に)駆られる」》(毎日新聞11月17日)。

 菅は自分の「番頭」だったという意識が安倍にはあるのだろう。格下を語る感満載。首相先輩風である。石破茂や岸田文雄がパッとしない今、菅首相にとって前首相こそが厄介な人になってきた?

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 ここで安倍の出身派閥である細田派(清和政策研究会)を思い出してみよう。自民党では最大派閥であるが、誰もが一致して認める次の総裁候補がいないことが弱みと言われている。しかし前首相が派閥に戻れば悩みが解消する可能性も。

《来年秋までには「安倍派」が誕生する見通しだ。細田派内の期待は高まっており、「二度あることは三度ある」と、首相への返り咲きを期待する声も出始めている。》(朝日新聞11月19日)

 3度目の就任。プロ野球の監督みたいだが、いや冗談ではなく安倍周りでは辞任直後から3度目待望論があるのだ。

 櫻井よしこは安倍首相辞任表明直後のコラムで「十分な休養の後、首相が内外の政治において重きをなす日が必ずまた来ると、私は考えている」(産経新聞9月7日)と書いた。これは願望にもみえる。

 最近の活発な動きを見ると既に十分な休養はとれたのか。

「週刊プレイボーイ」(12月7日号)は「ちょこまか動く前首相に菅官邸が大困惑中『安倍さんがやたら元気でウザすぎる!!』」。

 日刊スポーツに載ったアーチェリーの弓先は「3度目」を見据えていたのか。そこにうっかり見える標的は菅義偉なのか。

 すると、今回の「安倍前首相秘書ら聴取 『桜』前夜祭 会費補填巡り 東京地検」(読売11月23日)である。

 アーチェリーの弓先は安倍自身に向いていた? 3度目はもう消えたのか。政治の流れがまたザワザワしてきた。よくも悪くも安倍晋三にまた注目が集まりだしたのである。

 ということでこの機会に「安倍晋三とは何か」をあらためて振り返りたいと思う。

 私の好きな新聞読み比べだけでなく、書籍や週刊誌などからも再度確認したいポイントを提示したい。そして7年8カ月を超えた第二次政権の手法もまとめてみたい。私は「感動政治」がキーワードだと考えるがそれは後半に述べる。

政治家になる前の安倍晋三とは

 まず政治家になる前の安倍晋三とはどんな人物だったのか。紹介したいのは『安倍三代』(青木理・朝日新聞出版2017年)。

 青木理は安倍晋三の父・安倍晋太郎、祖父・安倍寛の人物像にも迫った。この両者を取材するほど垣間見えてくるエピソードや言動に「すべては賛同はしないまでも、惹きつけられた。俗っぽい言い方をするならば、ワクワクするような楽しさを覚えた」と青木は書くが、

《しかし、晋三は違った。成長過程や青年期を知る人々にいくら取材を積み重ねても、特筆すべきエピソードらしいエピソードが出てこない。悲しいまでに凡庸で、なんの変哲もない。善でもなければ、強烈な悪でもない。取材をしていて魅力も感じなければ、ワクワクもしない。取材するほどに募るのは逆に落胆ばかり。正直言って、「ノンフィクションの華」とされる人物評伝にふさわしい取材対象、題材ではまったくなかった。》

「取材者」がため息をついている貴重な部分である。凡庸だがみんなに好かれる“いい子”などの安倍に対する証言は本書の各所にみられる。裏を返せばガツガツしないお坊ちゃまらしさを感じるのだが、安倍晋三の売りと言えば保守政治家としてのガチガチの言動だ。では、これはいつから芽吹いたのであろう。

 注目したいのが『誰も書かなかった自民党』(常井健一・新潮新書2014年)。登竜門と言われる自民党青年局に注目した著作。

 安倍が初当選したのは93年の総選挙。思い出してほしいが、実は同期では最初から将来が注目されていたわけではない。田中眞紀子、野田聖子のほうが目立っていた。自民党青年局がこのころに「次世代リーダー」を選ぶ全国調査をしたところ1位は田中、2位は野田だった。

「そんな埋没気味だった安倍を一気にスターダムに押し上げたのはなんだったのか」。安倍が青年局長時代の97年に設立した「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」に常井は注目する。これは保守派の学者が集った「新しい歴史教科書をつくる会」と連動した勉強会であった。

《文部省の教科書検定制度に異を唱え、いわゆる「自虐史観」を正すのを目的とした。》

《つまり、安倍を有名にしたのは従軍慰安婦や歴史教科書などの思想的な問題であった。》

 その後、タカ派路線を突き進む。2007年には中川昭一を会長に「真・保守政策研究会」が設立され、急逝した中川から引き継ぎ「創生『日本』」に発展させたのが安倍晋三なのである。

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《「保守傍流」というレッテルを「真正保守」という新語で塗り替え、永住外国人地方参政権や選択的夫婦別姓に反対を唱えるなど、10年代の永田町において一番右寄りで一番有力な議員集団となっている。》

「創生『日本』」には現首相の菅義偉も副会長の一人として名を連ねている。

 青木理の著作では政治家になる前の安倍には今につながる言動はあまり感じられなかったという証言が多かった。では思想が「開花」したのは国会議員になってからなのだろうか。もともと心に秘めていたのか、それとも周囲の人に感化されやすいのか。後者だとしたら安倍のお坊ちゃま感とはこういう点にこそ味わえると思うのだが。

「徹底的に論破しました」

 さて、93年から議員活動を始め「真正保守」を掲げた安倍だが、この時系列には意味を感じてしまう。

歴史修正主義とサブカルチャー』(倉橋耕平・青弓社2018年)は、今の歴史修正主義の流れは90年代からはじまると指摘している。この中で「論破」について取り上げている(第2章『「歴史」を「ディベート」する』)。

 いわゆる歴史修正主義者は討論ではなくディベートを好むという。真実よりも説得性が重要視されるからである。事実を「相対化」し、他者を言いくるめることそれ自体が目的の中心になる。つまり「論破」への執拗なこだわり。キーワードは「論破」。これは90年代から現在のツイッターなどのSNS言説にも続いているではないか。

 そして私は次の著作で興味深い一致を見つけた。政治学者・中島岳志の『自民党 価値とリスクのマトリクス』(スタンド・ブックス2019年)である。中島は政治家の過去の文章をじっくり読むことで今につながる姿をあぶりだしている。

 安倍晋三の項を読んでいて「あっ!」と思う箇所があった。

 安倍が2004年に岡崎久彦と共著で出した『この国を守る決意』(扶桑社)について。ここで安倍は、拉致問題をめぐっては「情」よりも核問題に対処する「知」を優先すべきだという議論が自民党内から出てきたことに対し、

「これはおかしいと思って、私はあらゆるテレビや講演を通じて、また国会の答弁などで徹底的に論破しました」

 ああああああ、若き安倍晋三が「徹底的に論破しました」と誇らしげに言ってる!

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《ここで「論破」という言葉を使っているのが、安倍晋三という政治家の特徴をよく表していると言えるでしょう。相手の見解に耳を傾けながら丁寧に合意形成を進めるのではなく、自らの正しさに基づいて「論破」することに価値を見出しているというのがわかります。しかも、その相手は同じ自民党のメンバーです。》(『自民党 価値とリスクのマトリクス』)

 歴史修正主義の流れは90年代からはじまるという指摘(倉橋耕平)と、安倍が若手議員だった頃に「論破」という言葉を得意げに使っていたという指摘(中島岳志)。なんか、繋がってきた。

「ネットで元気な人」で安倍氏に注目

 これらは言ってみれば「ネットで元気な人」という表現もできないか。私はこの「ネットで元気な人」で安倍に注目した過去がある。以下、2013年に書いた視点をまとめてみる。

《安倍氏はフェイスブックでは、なんかいつもとキャラが違うのだ。2012年秋に『みのもんたの朝ズバッ!』(TBS)でNHKアナの痴漢逮捕事件を報じた時に、誤って安倍氏の顔を映してしまったことがあった。これに対し安倍氏はフェイスブックで怒りを露わにし、その結果、番組側は謝罪した。安倍氏のフェイスブックを見た人たちからの抗議も多かったようだ。「ネガティブキャンペーン」「悪質なサブリミナル効果を使った世論操作」「私は皆さんと共に戦います」……。フェイスブックに投稿された安倍氏の文言を読んでみると、その戦闘的なツッコミモードは「ネットで元気な人」の言いっぷりにそっくりなことがわかる。》(『教養としてのプロレス』収録)

 さて、この時点の2012年秋の安倍は自民党総裁に奇跡的に返り咲く直前であった。奇跡的と書いたのは2007年に第一次政権を1年で辞任してからはよほどのことが無い限り再登板は……という空気だったからだ。

 しかし安倍はネット、とくにフェイスブックで元気な活動をするようになり存在感を取り戻していった。これが第二次政権への復活の手がかりの一つと見立てるなら安倍とネットは重要な関係だ。

 その後、7年8カ月を超えた第二次政権を大いに助太刀したのもネット、SNSだった。

 私はそれを「感動政治」と定義したい。

 以下、後編に続く。

(敬称略)

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