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菅官邸の恐怖政治「今井派追放」と「2人の奉行」

「密室談合」で船出した新政権。そのアキレス腱はどこだ──。/文・森功(ノンフィクション作家)

<この記事のポイント>
●安倍政権で威を振るった経産省出身の官邸官僚たちは放逐された。前首相秘書官の佐伯耕三にいたっては、“現代版座敷牢”に閉じ込められた
●厚労省出身の和泉洋人首相補佐官など菅グループの官邸官僚たちが彼らにとって代わった
●その和泉洋人と警察出身の杉田和博官房副長官の2人が菅政権を支える存在になる

「菅さん、ここまでやるか」

とつぜん引っ越しを命じられた先は、経済産業省の13階にある小さな会議室だった。壁際の長机の上にパソコンが置かれている。だが、椅子以外には何もない。暗くはないが、いかにも殺風景で殺伐としている。部下が段ボールで荷物を運び込むと、その部屋はまるで倉庫のようだ。

「あの佐伯の部屋はどういうことなんだ。いくら何でもひどすぎないか」

部屋の状況をスマホで知った今井尚哉(62)は、すぐに官房長の多田明弘に電話した。いうまでもなく、電話したのは首相補佐官と政務秘書官を兼務してきた今井で、佐伯とは前首相秘書官の佐伯耕三(45)のことである。

さる9月16日の菅義偉新内閣誕生に伴い、自民党の役員や閣僚の人事が矢継ぎ早に発表された。居抜き内閣と呼ばれ、政権中枢の顔ぶれは代わり映えしない。反面、注目されたのが、これまで安倍晋三政権を支えてきた官邸官僚たちの処遇だ。

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安倍晋三前総理

官房長官だった菅はこの2年近く、今井たち首相側近グループとの溝を深めてきた。とりわけ前首相が最も信頼を寄せ、政策を委ねてきた今井をはじめ、広報担当補佐官の長谷川榮一(68)、経産省経済産業政策局長の新原浩朗(61)、事務秘書官の佐伯……。経産省出身の官邸官僚たちは、この先どうなるのか。霞が関のみならず政官財最大の関心事がそこだった。

そして内閣発足当日、佐伯は大臣官房参事官兼グローバル産業室付となる。通称グロ産室は文字どおり世界的な産業育成を謳い、経産省9階に置かれている。だが、あくまで「室付」であり、指示されて向かった先は13階の会議室だったのである。ある同僚官僚はこう同情する。

「グロ産室の勤務そのものが閑職に近く、しかも室付の佐伯は何もすることがなく、会議室にポツンと1人でいるだけ。おまけに佐伯は秘書官という特別職になり、そこから転職してきた形なので新規採用扱い。給与面でも人事院と協議中らしい。さすがに会議室からは移るでしょうけど、現代版座敷牢に閉じ込められているみたい。民主党政権時代に審議官を更迭された(経産省の)古賀茂明は1年以上個室に閉じ込められたけど、同じような境遇です。菅さん、ここまでやるか、と権力の恐ろしさをつくづく感じます」

居抜き内閣の菅政権にあって、経産官邸官僚たちは首相官邸から一掃された。安倍の意向によりリーダー格である今井だけは内閣参与として官邸に残っているが、あくまでアドバイザー的な存在であり、政策的な影響力はない。

①参与で残った今井氏

参与で残った今井氏

「異を唱える官僚は異動させる」

首相就任前から、菅はそう言い切った。それはつまるところ“逆らう奴はクビを切る”という恫喝に近い。

病気で無念の退陣を余儀なくされた首相に代わり、ナンバー2が政権運営を継承する。菅政権はそう美しく受け止められているかもしれない。しかし、新政権は泥くさい権力闘争の末に誕生したというほかない。霞が関からは、経産官邸官僚たちがいなくなって少しは風通しがよくなった、という声もあがっている。

だが、官邸官僚は今井たちだけではない。突如、生まれた菅政権は安倍政権とどこがどう変わるのか。

「菅ちゃんに任せたい」

振り返れば、安倍の病気と首相退陣がセットで語られ始めたのは、8月4日発売の写真週刊誌「FLASH」の「7月6日の首相吐血」情報が発端である。そこから持病の潰瘍性大腸炎再発による政権危機説が囁かれてきた。共同通信はいったんその流れに逆らい、予定された首相会見前日の8月27日夜、「首相続投の見込み」と誤報を配信してしまう。それに倣い、会見当日の午前中までは新聞、テレビも夕刻5時からの会見内容を続投と予測していた。

だが、少なくとも私の耳には、会見の1週間前から「安倍退陣確実」の報が届いていた。このとき「党員投票をせず、国会議員と都道府県代表の3名の投票による総裁選で総理が菅官房長官へ政権を禅譲する」とも聞いた。現実には、ここから1週間、前首相に対する慰留の電話が繰り返されたようだが、当人が「菅ちゃんに任せたい」と頑なに言って意志は翻らず、28日の辞任会見に雪崩れ込んだ。

したがって辞任会見以降の自民党総裁選はもはや茶番劇だというほかない。28日夜から自民党二階派がいち早く動き、菅との連携を深めていった、とするまことしやかな報道もあった。だが、すでに辞任会見で首相自身が「総裁選については自民党執行部に一任する」と述べている。党執行部とは二階俊博幹事長を指す。つまり、党員投票なしの簡易選挙、菅政権禅譲の了解を公表したも同然だった。案の定、わずか一日で菅総理誕生の流れができたことになっている。それも事前のシナリオ通りだったのであろう。

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菅総理

二階の老獪な立ち回り

もっとも、私なんぞに伝わるぐらいだから、このシナリオは1週間前どころではなく、もっと前から練り上げられていたに違いない。そう考え取材をしてみると、やはりその通りだった。

ポスト安倍を巡っては、もともと首相自身、自民党政務調査会長の岸田文雄の腹積もりだったのは、よく知られている。今回の自民党簡易総裁選は、岸田に禅譲するときのために考案された手法だともいう。

ところが、いつのまにか首相官邸は岸田から菅に乗り換えた。政治評論家たちは、安倍が発信力や求心力に欠ける岸田を見限ったからだという。とりわけ安倍の心変わりの原因として挙げられるのが、コロナ禍の景気対策「所得制限付き1世帯30万円の定額給付金」である。安倍は、次の首相候補である岸田にハク付しようと30万円の給付策を発表させた。にもかかわらず二階が官邸に撤回を迫り「全国民の10万円一律給付金」に落ち着いた。これは岸田の調整力の欠如が招いた結果だ、と官邸内の評価が下がり、安倍が岸田に見切りをつけたとされる。

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二階氏

しかし、実のところ30万円の定額給付金は首相補佐官の今井が中心になり、経産省の新原や財務省主計局長だった太田充らで独自に打ち出した政策だ。それが公明党の反発を招き、二階が官邸に乗り込んできた挙句、撤回を余儀なくされた。つまり30万円の給付案は経産官邸官僚たちの失態であり、むしろ責められるべきは今井たちのはずなのに、そうはならず、批判の矛先が岸田に向かった。それだけ二階が老獪に立ちまわったのである。官邸関係者が解説する。

「岸田はこの秋の人事で幹事長になり次の総理総裁を目指すつもりだった。一方、二階は幹事長ポストを死守したい。で、この際、公明党に乗っかって岸田を追い落とそうとしたのでしょう」

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岸田氏

ではなぜ、安倍はこだわっていた岸田への政権禅譲を諦めたのか。その答えは、やはり石破茂がカギを握っているようだ。岸田を嫌がる二階は石破へ接近した。石破を自民党鳥獣議連の会合にゲストとして招き、自らも石破派のパーティに講師として参加する意思を見せた。一連の二階の行動は「次の総裁選で石破を担ぐ」という官邸へのブラフにほかならない。

その思惑通り、次の総理として石破だけは避けたい安倍は、岸田を思い切った。一時期は、外務大臣の茂木敏充はどうか、と心が傾いたという。それが、安倍が慶応病院の人間ドックで検査を受けた6月13日前後だそうだ。記者会見で安倍自身が「潰瘍性大腸炎再発の兆候が見られた」と認めていた時期である。事実、失政続きのコロナ対策でストレスがたまり、身体に異変が生じたのかもしれない。やがて「ポスト安倍は茂木」という情報が永田町を駆け巡った。が、それもなぜか立ち消えとなる。

コロナ対策では蚊帳の外に

一方、菅は昨年5月1日の改元以来、「令和おじさん」として国民の知名度をあげ、ポスト安倍の有力候補に名乗り出た。そこから安倍ならびに側近の経産官邸官僚たちとの確執が表面化していった。菅は小泉進次郎に官邸で結婚報告をさせ、昨秋の組閣で河井克行や菅原一秀の入閣を安倍に認めさせた。とうぜん総理の分身と異名をとる今井たちは面白くない。双方の溝が深まり、河井や菅原の選挙違反事件が次々と明るみに出たのは、周知の通りである。そのなかで菅の懐刀として多くの政策を担ってきた首相補佐官の和泉洋人(67)の不倫騒動まで発覚する。

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