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角幡唯介さんの「今月の必読書」…『宇宙から帰ってきた日本人日本人宇宙飛行士全12人の証言』

宇宙体験は人を変えるか

かつて立花隆『宇宙からの帰還』に感銘をうけた著者が、今の時代でも宇宙から地球を見たら全人格が変容してしまうほど強烈なインパクトをうけるのか、という点を問題意識に、日本人宇宙飛行士全12人にインタビューをおこなった。

恥ずかしながら私は立花氏の同書を読んでいないのだが、アポロ時代の宇宙飛行士には地球の荘厳さにショックをうけ、神の存在を確信して伝道師になった者や、心を病んだ者、あるいは実業家や政治家に転身した者など生き方が180度変わった者が少なからずいたという。であるなら、日本人宇宙飛行士のなかにもひそかに高価な壺を買いはじめる、無人島で暮らす、夥しい数の熱帯蛾の蒐集飼育をはじめる等、人生が変わった者がいるのではないか。著者の稲泉氏は、きっとそんな期待を胸に秘めて取材をはじめたにちがいない。ちなみに私はそのような期待含みで読みはじめた。

ところがその期待はいい意味で裏切られる。日本人宇宙飛行士には最初の秋山豊寛をのぞき、生き方が極端に変わった者はいない。

本書により浮かびあがるのは、じつは宇宙体験による人格変容ではなく、現代において真の現実没入経験は可能か、という点ではなかろうか。

ある宇宙飛行士は宇宙から見た地球は美しかったが人生観は変わらなかった旨述べ、ある者は想定の範囲内だったと語る。こうした言葉の端々から感じられるのは、彼らの意識には、おしなべて、宇宙から見た地球は人格変容が起こりうるほど荘厳で神々しいとの予期があり、実際に自分が見た地球がその予期のレベルに達しているのか比較している、ということである。

たとえばガガーリンが地球は青かったと言ったとき、地球が青いことは誰も知らなかった。だからこそ黎明期の宇宙飛行士は純粋に目の前の地球の美しさをあるがままに受け止め、その生の現実と融合し、結果、それは伝道師になったり政治家になったりするほどの衝撃となりえた。ところが現代のわれわれは、少なくとも視覚的光景という意味では宇宙から見た地球の姿を知っている。それがどのように美しいか、想像できる。宇宙ですら未知ではなく既知の範囲内にはいっている。それゆえ宇宙から地球を見ても、それが本当に期待通りの光景なのかという観点が入りこみ、実際の経験が予期の確認作業と化し、生の現実に没入にまでいたらない。宇宙飛行士たちの言葉からは、どこかこうしたもどかしさが感じられるのである。

宇宙から地球を見るというのは、いわば非日常の極致であるが、こうした環境においてさえ、現代人は〈今、目の前〉という現実世界を純粋に経験できないのだろうか。

いや、そうではない。じつはそのレベルを突き抜けたさらなる体験も本書では語られている。それは星出彰彦と野口聡一の経験した船外活動である。宇宙空間のなかに身一つで放り出されたときに見る地球は、宇宙船から見る地球とは異次元の存在感があるが、それはおそらく、音すら消えた真の沈黙と絶無の空間の只中におのれ一人が漂うという、人間の脳による認識能力を超えた身体的知覚がそこにともなっているからだ。彼らが見た無辺の闇を想像し、それが能わず、私は身震いした。

あらゆるシーンが予期される情報化時代では、ここまでやらないと真の現実没入経験になりえない、ということか。本書に示される現代の宇宙体験のそれが実相かもしれない。

(2020年5月号掲載)


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