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「Go To」旗振り役が経産官僚から菅・二階に移った理由|森功

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※本連載は第14回です。最初から読む方はこちら。 

 世の中のおよそ8割が必要ないと言っているのに、政府は無理やり推し進める。それが、夏休みのハイシーズンをあて込んだGoToトラベルキャンペーンだ。Withコロナの意味を取り違えているとしか思えない景気対策というほかない。

 一般には、インバウンドによる観光政策の旗を振ってきた官房長官の菅義偉と旅行業界をスポンサーにしている運輸族議員の親玉である自民党幹事長の二階俊博が進めていると考えられている。もっとも、もとはと言えば、首相補佐官の今井尚哉と経産省経済産業政策局長の新原浩朗の〝経産官邸官僚〟コンビが発案したコロナ対策である。実際、今井がコロナ対策大臣に抜擢したとされる西村康稔経済再生担当相が今なおGo To キャンペーンの記者会見を開き、新原もまた専門家が集まる分科会をはじめ関係会合に参加している。

 しかし、政策の主導権が〝経産官邸官僚〟から菅・二階コンビに移ったのは明らかだ。なぜ旗振り役が代ったのか。原因は、その前にコロナの景気対策として打ち出した持続化給付金事業にある。給付金はその名称通り、中小零細企業や個人事業主がコロナ禍に事業を続けられるようにする支援策だ。月の売上げが前の年と比べて半減した個人事業主に最大100万円、企業向けに最大200万円を給付する。

 そのために政府は2020年度の第1次補正予算として2兆3176億円を計上し、さらに第2弾として今年創業したばかりの会社などへも補助の対象を拡大し、1兆9400億円の予算を積み増した。締めて4兆2000億円を超える大盤振る舞いへの期待は高かった。が、5月1日から始まった経産省中小企業庁への申請からひと月経っても現金が届かない。そこから騒動に火がつき、一般社団法人「サービスデザイン推進協議会」にまつわる疑惑が浮上する。サービスデザイン推進協議会は経産省と電通が一体となって設立した実態の伴わないダミー法人だった。ここが窓口となり、第1次補正予算分のおよそ2兆3000億円の給付金事業の事務手続きを769億円で受託、電通がその97%の再委託先になっていた。つまるところ手数料を中抜きして電通に丸投げしていただけであり、いわゆるトンネル会社の疑いが浮上して大騒ぎになったのは周知の通りである。

 そうして取引の決裁責任者である中小企業庁長官の前田泰宏が追及された挙句、事業のあり方そのものが見直される。元来、2次補正予算分の1兆9400億円の給付事業については、サービス協議会が1次補正分と併せ、一括して事務手続き業務を担うはずだった。しかし、ここまで経産省と電通のなれ合ったトンネル会社の実態が明るみに出てしまった以上、経産省にしろ、電通にしろ、さすがにそれはできない。やむなく経産省は2兆円近い2次補正分について新たに事業者を公募し、選定する以外になかった。

 結果、ダミー法人のサービスデザイン協議会が入札に応じられるわけもなく、窓口の事務手続き事業そのものがしばらく宙に浮いてしまった。経産省はようやくこの8月14日、持続化給付金事業の第2次補正予算分について委託契約をコンサルティング会社のデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリーと結んだと発表した。つまり同じ公共事業で窓口業務を請け負う2つの会社が存在することになる。まさにチグハグな政策なのだ。

 いったい誰が電通のトンネル会社を使ったこの仕組みを使おうとしたのか。本来、そこが問題の肝なのであるが、政府は今もってそこを曖昧にしている。

 だが、ここへ来て、事実が徐々に明らかになってきた。給付事業は中小企業庁が決裁権者となっているが、実は政策を主導したのは中小企業庁長官の前田ではなく、今井・新原コンビだ。わけても経産省と電通との関係でいえば、前田はむしろ電通と折り合いが悪く、経産官邸官僚コンビが電通とピッタリ張り付いてきたといえる。

 こうしたダミー法人を使った中抜きシステムは、かつて各省庁の外郭団体である独立行政法人が担ってきた。中抜き分が天下りの官僚の報酬になっていたわけだ。それが民主党政権で批判され、独立行政法人に代わってできたのが、サービスデザイン協議会のような一般社団法人なのである。

 なかでも電通が経産省の事業を受注するために設立し、霞が関で知られる一般社団法人がある。それが、民主党政権時代の2011年2月に設立された「環境共創イニシアチブ」(SII)だ。脱官僚を目指し、霞が関との〝交流〟を絶ってきた民主党政権にはその動きが見えなかった。これもまたお粗末な話ではあるが、そこには電通や電通ライブやトランスコスモスといった今回のサービスデザイン協議会と同じ顔触れの企業が集まり、現在の同協議会の平川健司業務執行理事がSII設立の仕掛け人でもあった。

 そして、ほかでもない今井と新原がここに深くかかわってきた。今井はSIIの設立された3カ月後の11年6月、経産省の貿易経済協力局・海外戦略担当の大臣官房審議官から資源エネルギー庁ナンバー2の次長に就任。かたや同じ大臣官房審議官だった新原もその3カ月後の9月、エネ庁の省エネルギー・新エネルギー部長に就いた。どちらも経産省のエリートコースであり、いわゆる上司、部下として今井・新原コンビの絆をしっかり築いた時期だといえる。そこから新原は省エネ・新エネ部長として、省エネ関連事業をSIIに発注するようになる。(文中敬称略)

(連載第14回)
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■森功(もり・いさお)  
1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身。08年に「ヤメ検――司法に巣喰う生態系の研究」で、09年に「同和と銀行――三菱東京UFJの闇」で、2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。18年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』、『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか 見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間』、『平成経済事件の怪物たち』、『腐った翼 JAL65年の浮沈』、『総理の影 菅義偉の正体』、『日本の暗黒事件』、『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』、『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多数。

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