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藤崎彩織 ねじねじ録|#7 煙草の煙、あの塩味

デビュー小説『ふたご』が直木賞候補となり、その文筆活動にも注目が集まる「SEKAI NO OWARI」Saoriこと藤崎彩織さん。日常の様々な出来事やバンドメンバーとの交流、そして今の社会に対して思うことなどを綴ります。

Photo by Takuya Nagamine
■藤崎彩織
1986年大阪府生まれ。2010年、突如音楽シーンに現れ、圧倒的なポップセンスとキャッチーな存在感で「セカオワ現象」と呼ばれるほどの認知を得た4人組バンド「SEKAI NO OWARI」ではSaoriとしてピアノ演奏を担当。研ぎ澄まされた感性を最大限に生かした演奏はデビュー以来絶大な支持を得ている。初小説『ふたご』が直木賞の候補になるなど、その文筆活動にも注目が集まっている。他の著書に『読書間奏文』がある。

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煙草の煙、あの塩味  

 中学生になり、ようやくクラスメイトの名前を覚え始めた頃、肩がピンと張ったままの制服を身につけて教室を見渡していた。
 私は小学校で友達作りが上手くいかず、よく問題を起こし、いじめにも遭った。だから今度こそ放課後誰かの家に行ったり、休日にマクドナルドで待ち合わせるような友達を作ってやる、と野望を抱き、虎視眈々と中学デビューを狙っていたのだ。
 でも、既に重大な問題が起きているのだと気がついた。
 どうやらみんな部活に入っていて、部活の仲間同士で固まっているらしいのだ。
 私が通っていた中学校には原則部活入部という決まりがあって、何か特別な理由がない限り部活に入らなくてはいけない。私も部活に入りたい気持ちはあったのだけれど、小さな頃から続いていたピアノの練習と両立するのは体力的にも時間的にも難しかった。
「やりたい事があるのなら、是非そちらを優先して下さい。ピアノ頑張って下さいね」
 相談すると、先生はにこやかにそう言った。
 だからまさか、部活に入っていない生徒が学年で10人程しかいないとは思っていなかったのだ。
 勇気を出して席が近くなった生徒に「一緒に帰らない?」と声をかけてみても、十中八九「今日は部活があるんだ」という返事が返ってくる。
 手当たり次第に教室の隅っこで漫画を描いているグループに声をかけて一緒に漫画を描いてみたり、バスケットボール部の子たちがやっているパス回しに参加させてもらったりしてみた。
 でも、好きな事をやっている彼らの場所に無理やり混じったところで、すぐに自分の居場所はここじゃないのだと気付かされた。
 入学当初は、学校が終われば一人家に帰ってピアノに向かうつもりだったけれど、ずっと弾きたかったはずのシューマンの『飛翔』の転調部分を何度も反復練習しながら、私は孤独な小学生だった時から何も変われていないのだという事実に打ちのめされ、その度に手が止まった。
 結局、工場のベルトコンベアーに弾かれた不良品が1箇所に集められるみたいに、部活に入っていない10人は放課後集まるようになった。

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