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血液クレンジングだけじゃない…ネットに氾濫するニセ医療情報への“処方箋”

昨年の「血液クレンジング」騒動から私たちは何を学ぶべきなのか。インスタグラム、ツイッター……私たちは日々、流れてくる膨大な情報に直面している。ネット上の医療情報とは、どう付き合えばいいのか。騙されないために必要なのは、「知の予防接種」だ。/文・朽木誠一郎(朝日新聞デジタル編集部デジタルディレクター)

検証作用が働きにくいSNS

 2019年10月、「血液クレンジング(血液オゾン療法)」という言葉がネット上でにわかに注目を集めた。概して、腕などの静脈から血液を採取し、その血液にオゾンを混ぜ、点滴のように再び静脈から体内へ戻す「治療」を指す。

 一部のクリニックはHIVの除去やがんへの効果までを謳うが、これはいわゆる自由診療、つまり保険適用外の施術。公的医療保険に値する科学的根拠があるとは国に認められていないものだ。

 しかし、医師が運営するクリニックが1回数万円でこのような「治療」を提供し、芸能人やタレントを起用した宣伝活動を行っていた。SNSを中心に厳しい批判に曝され、宣伝活動を目にする機会は減ったものの、血液クレンジングは現在も複数のクリニックで、何事もなかったかのように行われている現状がある。

 一連の騒動はあらためて、われわれに1つの教訓をもたらした。それは「医師が勧める」からと言って、必ずしもその効果を保証しないことだ。今回、血液クレンジングで科学的に根拠がない「治療」を提供していたのは、紛れもなく医師である。

 現在、国に登録している医師の数は約30万人。その30万人の中には、ごく一部であるにせよ、このような方法で金を稼ぐ者がいるというのも事実だ。「血液クレンジング」であれば笑い飛ばす人がいるかもしれないが、がんなどの命に関わる病気でも同様に、科学的根拠に乏しい「治療」を、高額で提供する民間のクリニックが近年、問題視されている。情報が氾濫する時代、その真偽を判定することは、特に医療情報においては文字どおり生命線だ。

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医院HPにも血液クレンジング

 スマホやSNSが普及し、いつでもどこでも医療情報を求めることができる今、診察室にたどり着く前に誤った情報に誘導され、適切な治療を受けられない危険性が十分にあり得る。いざというときの選択で取り返しのつかない後悔をしないためには、どう医療情報と付き合えばいいのだろうか。

 実は血液クレンジングは長年、心ある医療関係者らがネット上で批判の対象にしてきたものだ。それが昨年、急激にネットで「炎上」した背景からは、近年の医療情報を取り巻くいくつかの環境の変化が見て取れる。検索順位の適正化を進めた結果「グーグル逃れ」が起こり、ツイッターにおけるインフルエンサーの力に目を付けた業者が、検証作用が働きにくいインスタグラムで宣伝活動を企てた。一連の流れには、医療情報に限らないネットの情報拡散の落とし穴も見えてくる。

「WELQ問題」の影響

 まず、挙げられるのが、2016年末に発生したいわゆる「WELQ問題」だ。WELQに聞き覚えがなくても、1部上場企業のDeNAが謝罪会見を開き、南場智子氏や守安功氏が頭を下げたシーンをテレビや新聞などで見かけて、覚えている人もいるのではないか。

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謝罪するDeNA南場会長(右)

 同社はゲーム事業に続く第2の柱として情報サイト群を運営する事業に積極的に乗り出していたが、そのうち医療情報を扱うWELQに不正確な情報が掲載され、また記事の盗用も疑われたことから、10のサイト群全体が閉鎖に追い込まれた。筆者は当時、Yahoo!ニュース個人という言論メディアでこの問題を提起していた。

 WELQは同社の豊富な資金と人材、ノウハウにより、検索エンジンであるグーグルをハックした。一時期はあらゆる病名(「インフルエンザ」「胃がん」など)や症状(「腰」「頭」が「痛い」など)の検索結果について、ほとんどでWELQの記事が上位に表示されていたのだ。記事が閲覧される度に広告収益が発生するため、一度検索で上位になれば、放っておいても収益を生み出し続けることが期待された。

 しかし、非倫理的かつ法令違反のおそれがあるWELQのビジネスモデルは、報道によりもろくも崩れ、持続可能たり得ないことがわかった――はずだった。実際には、その後もWELQモデルで医療情報サイトが乱立。同様に品質や運営方法の問題が指摘され、約1年に渡りいたちごっこが続いた。

グーグルの決断

 このようなネットの状況に大鉈を振るったのがグーグルだった。従来、グーグルはプラットフォームとしての中立性を保つために、検索順位に恣意的な変更を加えることを避けてきた。あくまでも「アルゴリズム」と呼ばれる一定のルールに沿って順位が決まっていたのだ。

 しかし2017年12月、グーグルは日本の検索において「医療従事者や専門家、医療機関等から提供されるような、より信頼性が高く有益な情報が上位に表示されやすく」なると発表。つまり厚生労働省などの公共機関や医療機関、医師が発信する情報が検索上位に表示されやすい環境が誕生した。これにより、WELQ同様のノウハウで運営していた信頼性の低いサイトは一気に検索の圏外に飛ばされ、ユーザーの目に触れることは極めて少なくなった。

 ネットには自浄作用がある。ユーザーに不利益であると批判が起き、その波が大きくなれば、国家権力よりも大きな力を持ち得る巨大企業でさえも、態度を改めるのだ。これは明らかに喜ぶべきことだが、落とし穴も存在した。それが「医師による科学的根拠に乏しい治療」の問題だ。

 グーグルは医師という有資格者であればその情報にも一定の信頼性が担保される、と線を引いたことになる。総体としては誤った判断ではないと筆者も思う。しかし、血液クレンジングしかり、がんの「インチキ」治療しかり、ごく一部の医師による不正確な情報発信が、検索では上位に表示され、人の目に触れやすくなる下地を作ってしまったとも言える。

 グーグルのこの決断は、医療情報の発信において、新たな潮流を生み出した。自分のサイトやブログではなく、SNS投稿での医療情報発信が盛んになっていったのだ。検索からの流入はグーグルの采配次第。であれば例えばツイッターのようなSNSで影響力を持ち、グーグルに左右されない情報発信を、という方向に、発信者たちは舵を切っていった。グーグルのアップデート以降、ツイッターでは複数の医療関係者が積極的に情報発信をしている。中には各分野のトップレベルの専門家も混ざっており、活発な議論がなされる。日常の診察で忙しいにもかかわらず、無償で情報発信に取り組む姿勢には、頭が下がるばかりだ。

 ツイッターは現在、医療情報のデマがあれば速やかに複数の専門家により検証される、比較的、健全な言論空間になっていると言えるだろう。デマに対する、時に行き過ぎた批判的態度が別の問題を孕むことはあるにせよ、である。ツイッター自体も、2019年5月にはワクチンを忌避する「反ワクチン」についてのツイッター検索には厚生労働省のリンクを表示する仕様にするなど、他のプラットフォームに比して先進的な対応をとっている。

 こうしてじわじわと居場所を失いつつあった不正確な情報だが、こちらも別の「活路」を見つけてしまった。それがインスタグラムのように、そもそも拡散、および議論を前提にしないプラットフォームへの進出だ。

 インスタグラムには、ツイッターにおけるリツイートやフェイスブックにおけるシェアのような、投稿を自分のコミュニティの外に広げていく機能がない。すなわち、情報が他のアカウントによって吟味され、必要があれば修正されるという健全な言論活動が行われにくいという特徴がある。このような環境下で、一部のアカウントは自分のフォロワーを「ファン(信者と言い換えてもいいかもしれない)」化し、外からの批判が届きにくい環境で医療情報が発信されるようになった。そこには前述した「反ワクチン」や「脱ステロイド」など、信じ込んでしまうと受け手の健康にとって不利益になり得る情報が含まれる。

インフルエンサーの責任

 ここで話はようやく、冒頭の血液クレンジングと結びつく。

 今回の血液クレンジング炎上の経緯を振り返ってみよう。2011〜12年頃、批判を伴うネット上での多数の言及があって以来、長らく血液クレンジングの検索数もSNSの口コミ数も沈静化していた。しかしグーグルのアップデート後、非医療関係者として検索圏外に飛ばされた層による医療情報発信はインスタグラムにその場を移していった。並行して、インスタグラム上でいわゆる「インフルエンサーマーケティング」、つまり影響力を持った著名人(インフルエンサー)によるファンを対象にした宣伝活動も隆盛を極めていく。この2つの潮流が望ましくない形で交わり、2018年9月以降、インスタグラムで著名人らによる「#血液クレンジング」関連の投稿が盛んに行われるようになったと言える。

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芸能人もインスタでPR

 これは、科学的根拠のない「治療」を宣伝するにあたって、非医療者の投稿が人目につきにくくなったグーグルや、専門家による相互監視のあるツイッターを避け、インスタグラムのようにファンに向けたマーケティングができる場所を求めた、と見ることもできるだろう。

 今回、このような流れを食い止めたのはツイッターだった。

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