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「長寿は遺伝か環境か?」新連載 世界最高の長寿食③ 家森幸男

健康長寿を延ばす“知識のワクチン“。長寿は遺伝か環境か?/文・家森幸男(武庫川女子大学国際健康開発研究所所長)

寿命は遺伝要因よりも環境要因

私はこれまでに、世界25か国61の長寿・短命地域を訪れ、食と長寿の関係を研究してきましたが、その原点となった研究があります。

それが、連載の第1回でも書いた「100%脳卒中を起こすラット」を使った研究です。

私は若い頃に10年の年月を費やして「遺伝的に100%脳卒中を起こすラット」を開発し、どのような栄養を摂れば、そのラットの脳卒中を予防し寿命を延ばせるかの研究に取り組みました。

この結果、そのラットに1%の食塩水を与え続けると100日以内に脳卒中になって全滅しますが、その際、「大豆」や「魚」のたんぱく質を多く与えると寿命が倍に延びることがわかりました。またそれに加えて食塩の害を抑えるカルシウムやマグネシウムを与えると脳卒中は10%にしか起こりません。

また、食塩を制限し、十分なたんぱく質やカルシウム、マグネシウム、カリウムなどを与えると“脳卒中ラット”も健康なラットと同じくらい長生きすることも分かりました。

「100%脳卒中を起こすラット」ですら、環境によって寿命が5倍も延ばせることが分かったのです。

その研究を始まりに、今度は、同じことを人間でも証明したいとの思いで、40年にわたる世界の長寿・短命地域の調査に乗り出しました。

この間、世界でも「長寿は遺伝か環境か」という究極の問いをめぐっては、数多くの研究が重ねられてきました。

1990年代~2000年代にヒトゲノムの解析が進み、一時は遺伝子ですべてが解明できるかのようにも期待されましたが、結局のところ、現在に至るまで、寿命は遺伝要因よりも環境要因のほうが、実はずっと大きいという研究報告が数多くなされています。

たとえば、寿命に影響する脳卒中をおこす高血圧も、1000以上の遺伝子DNAの塩基多型が関係しますが、単一の変異は血圧を1~2ミリ変えるだけです。

一方で、塩を摂りすぎている人が数週間減塩すれば、すぐに血圧は下がります。この例を見ても、環境因子のほうが、健康に与える影響が大きいことは予想がつくと思います。

ですから「私は早死の家系だから……」「がん家系だから……」などと諦めずに、栄養や環境に留意すれば、健康寿命を延ばすことは誰でも可能ですし、また、その逆も真なりです。

ハワイで長寿の沖縄移民

1980年代、沖縄は日本でもナンバーワンの長寿県でした。その後、食生活が変わって沖縄は長寿県から転落しましたが、伝統的な沖縄食は、豆腐などの大豆食品と多種類の魚介類、脂を落とした豚肉や種類豊富な野菜を摂り、しかも当時は他の県より塩分摂取量が低く、非常に健康的でした。

沖縄では土地が限られているため、移民として海外に出られる方も多くいらっしゃいました。

もし、もともとDNAが近い沖縄県人が、移住した先によって寿命が大きく変わったとしたらそれは環境要因が非常に大きいということを示唆します。

そこで、私は多くの沖縄移民が住んでいたハワイのヒロと、ブラジルのカンポグランデを1990年頃から数回にわたって調査しました。

結果は明らかでした。

ハワイのヒロに渡った沖縄移民は日本人をしのぐくらいの長寿だったのに対し、カンポグランデに渡った方たちは心臓死が増え、日本よりも17年も寿命が短くなったのです。

この違いは一体何によるものなのでしょうか?

ハワイ諸島最大でビッグアイランドと呼ばれるハワイ島のヒロに住む日系移民は、1980年代に日系人の中では世界一の長寿と言われるようになりました。

実際、私も数回調査に行って、元気なお年寄りが非常に多いことに驚かされました。

80歳でも保母さんや大工仕事をボランティアでしている方がおられたり、90歳を超える方のお誕生日に家族や仲間が集まってお祝いをしたり。そういった生活を楽しむという生き方も健康長寿に効果があったのでしょう。

そして、さらに大きな長寿の鍵は、やはり食にありました。

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カンポグランデ

無敵のゴーヤチャンプルー

沖縄料理といえば、「ゴーヤチャンプルー」を思い出される方は多いと思いますが、ハワイに移住した方たちも毎日のように常食していました。実はこの料理は、医学的に見て、非常に健康効果が高いのです。

ご存じのように豆腐の原料である大豆はイソフラボンが豊富です。イソフラボンは血中で女性ホルモン様の働きをし、血管内皮細胞の遺伝子に働きかけて、一酸化窒素(NO)を作ります。

この一酸化窒素が血液をさらさらにするのですが、非常に不安定な物質なので、体内で活性酸素(ほかの物質を酸化させる力が非常に強い酸素)に出合うとすぐに効果が失われてしまいます。

つまり、イソフラボンは活性酸素を抑える抗酸化力の高い食材と一緒に摂ると最も威力を発揮するのですが、ゴーヤの苦みは抗酸化栄養素ですからまさに理にかなった組み合わせの料理なのです。

また、世界でも海藻を食べる国は珍しいですが、オゴと呼ばれる色とりどりの海藻にゴマや酢などを振りかけて食べるオーシャンサラダも常食されていました。

さらに、日本と同様、新鮮な魚介類も豊富で、注目すべきはその食べ方です。

たとえば、新鮮なマグロの刺身にゴマ油などを振りかけて食べる「ポキ」。またタロイモなどの葉っぱに肉や魚を包んで蒸し焼きにする「ラウラウ」。蒸し焼きは素材の味が引き出され、また葉っぱの香りも相まって、こちらも塩分控えめでもおいしく食べられるのです。

こういった、ハワイならではの食べ方は、和食の唯一の欠点である塩分の高さを抑えるヒントにもなると思います。

実際に1995年に70歳以上の方を対象に行った調査では、1日の平均的な塩分摂取量はたった6グラムでした。当時の日本人は1日平均12~13グラム、沖縄でも8.2グラムの塩を摂っていましたからその差は歴然です。

また、コレステロール値も、理想的な範囲でした。コレステロール値は高すぎると心臓病が増え、低すぎると脳卒中が多くなりますが、その間のまさに理想的な数値でした。

さらに、感心したのは、ビタミンEの血中レベルの高さです。なんと日本に住んでいる人の倍もありました。

アボカドなど亜熱帯に育つ果物や野菜にはビタミンEが多いのですが、ビタミンEも「抗酸化力」があり、体を傷つける活性酸素を抑えてくれますから、健康に寄与していると思われます。

また、たんぱく質の濃度を示す血中の「アルブミン値」が高いことも特徴的でした。アルブミン値は高齢者の健康にかかわりが深く、アルブミン値が低いと認知機能が悪くなることも知られています。

ハワイに移住した人たちは、大豆、魚、そして肉や乳製品も適度に食べ、さまざまなたんぱく質を摂っていたのがよかったのでしょう。

簡易的な認知機能テストでも、同じテストを行った京都府の網野町の方々の成績よりもよい結果が出ました。これは、食塩の摂取が少ないため脳卒中などの脳血管性の認知症が少ないことも原因だと思われます。

ハワイでは、日本人の長寿を支える大豆と魚の常食が続けられていることに加え、和食の短所でもあるたんぱく質の少なさと塩分の多さを打ち消す賢い食べ方をしていること、生活を楽しむ生き方などで、さらに健康長寿を延ばせたのでしょう。

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ゴーヤチャンプルー

カンポグランデの悲劇

さて、もう一つの調査地域、カンポグランデは、ブラジルの南東部の大都市サンパウロから900キロ内陸に入った奥地にある、沖縄からの移民が多いことで知られる街です。農牧地帯を背後に控え、東西交通の要衝地で、ボリビアとパラグアイへの国境に通じる幹線鉄道や、大きな道路が走っています。

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