見出し画像

古賀政男に大敗した? 朝ドラ「エール」に登場、古関裕而の“幻のデビュー曲”「福島行進曲」の真相|辻田真佐憲

★前回の記事はこちら。
※本連載は第15回です。最初から読む方はこちら。

 朝ドラ「エール」に、「福島行進曲」がようやく登場した。昭和を代表する作曲家・古関裕而のレコードデビュー曲だ。

 にもかかわらず「福島行進曲」は、「紺碧の空」などにくらべてほとんど知られていない。実際どんな歌で、どのように作られ、どれくらい売れたのか。約90年ぶりに脚光を浴びたこの歌を、資料にもとづきながら、3点で解説してみたい。

(1)“重くて割れやすい”SPレコードで発売

「福島行進曲」のレコードは、1931年6月20日、コロムビアよりリリースされた。

 当時のレコードは、SP(Standard-Playing)レコードと呼ばれる。主な原材料は、ラックカイガラムシの分泌物から得られる天然樹脂のシェラック。これはたいへん脆い素材で、微細な加工ができず、直径約25センチ(流行歌の場合)もあるのに、片面で3分半ほどの音しか記録できなかった。

 そのため、A面に1曲、B面にもう1曲というのが定番だった。「福島行進曲」では、B面に「福島小夜曲」がカップリングされた。やはり古関の作品で、竹久夢二の詩に曲をつけたものだった。

 軽便な塩化ビニル製のLPレコードやEPレコードが開発され、収録時間が飛躍的に伸びるのは戦後のこと。それまでは、重くて割れやすいSPレコードを用いるしかなかった。スマホでなんでもできてしまう現在では想像しにくいが、戦前は音の記録や再生もたいへんだったのである。

 ちなみに、SPレコードは愛好家のコレクション対象になっており、珍しいものだとヤフオクなどで数十万円の値をつけることもある。

(2)ガキ大将らしからぬ“軟派な歌詞”

「福島行進曲」は、作詞家の野村俊夫によって書かれ、浅草オペラでも活躍した、ジャズ・シンガーの天野喜久代によって吹き込まれた。

 野村は、古関の幼なじみである。魚屋のこどもでガキ大将、福島で新聞記者をやっていたのは朝ドラのとおりだが、史実では5歳年長で、古関より「兄さん」と慕われていた。

 そんな豪快そうなイメージとは違って、「福島行進曲」の内容は実に軟派なものだった。著作権は切れているので、以下に全文を引用しよう。

胸の火燃ゆる宵闇に
恋し福ビル引き眉毛
  サラリと投げたトランプに
  心にや金の灯愛の影

月の出潮の宵闇に
そゞろ歩かうよ紅葉山
  真赤に咲いた花さへも
  明けりや冷たい露の下

唇燃ゆる宵闇に
いとし福島恋の街
  柳並木に灯がともりや
  泣いて別れる人もある

※歌詞カードより。一部、誤字を訂正した。

 福ビルとは1927年に完成した福島ビルヂングのこと。福島市の目抜き通りにそびえ立ち、「福島の流行は福ビルから」と謳われていた。

 このようなご当地ソングは当時「新民謡」と呼ばれ、たいへん流行していた。古関たちもそれにあやかったかたちだった。

(3)“たった1500枚”の悲劇
「福島行進曲」の発売にあたっては、福島市で古関裕而後援会まで結成された。ところが、記念すべきレコードは不幸にもぜんぜん売れなかった。

 日本コロムビアの資料によれば、初回の製造数はわずか1500枚。増産された記録はないので、それ止まりだったようだ。

 たった1500枚。日本全体のレコード製造数が当時1700万枚弱だったとはいえ(現在のCD製造数の約8分の1の数字)、これはあまりに少なすぎた。

 これにたいして、ほぼ同じ時期にリリースされた古賀政男のレコード「酒は涙か溜息か/私此頃憂鬱よ」は、1800枚スタートだったものの、1942年1月の製造停止までに23万9376枚も製造された。その差はあまりに歴然だった。

 つまり「福島行進曲」は、大ゴケしたことになる。その後出されたレコードも大同小異の成績。古関がコロムビアとの契約が切られそうになるのも、無理からぬことだった。

 結局、古関が落ち着くのは、1934年の「利根の舟唄」、1935年の「船頭可愛や」などのヒットを待たなければならなかった。売れない期間は、なんと4年近くにも及んだのである。なお、「六甲おろし」は1936年、「露営の歌」は1937年の作品だ。

 そのため、「福島行進曲」がこれだけフォーカスされるのは今回はじめてだろう。なにせ朝ドラは、視聴者2000万人を抱える化け物コンテンツなのだから。

 約90年の時をへだてて、幻のデビュー曲「福島行進曲」は花開いたといえそうである。

(連載第15回)
★第16回を読む。

■辻田真佐憲(つじた・まさのり/Masanori TSUJITA)
1984年、大阪府生まれ。作家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『天皇のお言葉』『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(以上、幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)、『愛国とレコード』(えにし書房)などがある。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)など多数。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。
【編集部よりお知らせ】
文藝春秋は、皆さんの投稿を募集しています。「# みんなの文藝春秋」で、文藝春秋に掲載された記事への感想・疑問・要望、または記事(に取り上げられたテーマ)を題材としたエッセイ、コラム、小説……などをぜひお書きください。投稿形式は「文章」であれば何でもOKです。編集部が「これは面白い!」と思った記事は、無料マガジン「# みんなの文藝春秋」に掲載させていただきます。皆さんの投稿、お待ちしています!

▼月額900円で『文藝春秋』最新号のコンテンツや過去記事アーカイブ、オリジナル記事が読み放題!『文藝春秋digital』の購読はこちらから!

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください