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【連載】EXILEになれなくて #20|小林直己

第四幕 小林直己

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一場 ステイホームが僕にもたらしたもの

 新型ウイルスがもたらした状況は、僕たちに「選択」をさせた。

 当たり前と呼ばれたものが当たり前ではなくなり、何かを強いられる日々が続く。しかし、元々僕たちは、何かを強いられ、急かされ、かぎりのある中で生きていたはずだ。以前の世界では僕らが盲目になっていただけで、後回しにしたり、触れないでいることができた。

 このコロナ禍での環境はそれを強制的に視覚化させられたような感覚だった。ある意味、そうでもしないと、自分は気づけなかった。坂道を転がり続けていると気づいた日から、止まる方法がずっと見当たらなかった。

 「何を選び」「何のために」「どう生きていくか」。僕は、それをずっと忘れていた。自分にとって大切なものは何なのか。もっと簡単にすると、自分が好きなものは何なのか。そういったことにすら、目を向けられていなかったんだと気がついた。まず、「自分」があり、次に「他人」がいる。それを結ぶ「出来事」があり、それが重なる「時間」がある。限られた世界の中で、何を選び、何のために、どう生きていくのか。ただ、それだけであるはずだと信じたい。

***

 今という瞬間は、これまで積み重ねてきた時間の結果であり、自分の行動が全て、今の環境を作っている。目の前に見える景色、環境、可能性、こうなっているのはすべて、あの時の選択が、行動が、僕の決断が、原因だった。

 2020年は、ものすごく大切な1年となった。自分を見つめ直し、これまでどんなことをやってきたのかを理解し直していった日々だった。

 元々、自分は、そこまで後悔を持つ人ではなかった。「起きてしまったことはしょうがない。そのことにも何か、意味があったのではないだろうか」と、意味を求めた。起きたことを悔やむのではなく、その出来事をプラスにかえ、次につないでいくんだ、とおまじないのように繰り返しては、自分らしさが生んだ結果を前向きに捉えよう、捉えようとしていた。

 泣き言も、あまり好きじゃなかった。ネガティブな言葉は、別のネガティブを連れてくると思っていて、余計な言葉は口から出さないように、グッと堪えていた。時間が経てば解決してくれることを知っていたから、それまでは別のことで気をそらし、できるだけポジティブになるように、お酒を飲んだり、好きなことをして、気分転換をしていた。

 この10年、…正確には13年か。LDHでアーティストとして活動していく中、楽しいことも、辛いことも、信じられないようなことも、夢のような出来事も、たくさんあった。何者かになるために、たくさんの努力をし、その中で、成功をし、経験したり、頑張ってもどうにもならないことがあって、失敗をしたり。自分の性格が変わるほど、一つのものにのめり込んだ。「大人になった」と言い換えることができるのかもしれない。夢中になって、駆け抜けた日々だった。自分なりに、自負も生まれ、責任や自覚という言葉を何度も自分に問い続けながら、「自分らしさ」と「求められるもの」を交互に見比べながら、正解を探し続けた時間だった。

 しかし、それは間違いだったと…。悔しいけれど、間違いだったと、2020年に思った。

 僕は、悲しい時に「悲しい」と口に出してこなかった。悔しいときに、誰かの胸で泣きじゃくったことも無かった。嬉しさを、無条件に誰かと分かち合うことも、どこかで避けてきたような気がする。どうにもならないことに、「いやだ、絶対にいやだ」とはっきりと態度に出すことなんて、想像すらしたことがなかったし、そんなことできなかった。

 また、僕にとって、「もう戻ってこないはずの瞬間」を無駄にしたり、過ぎ去った時間を後悔することが、精神的にも、肉体的にも辛いのだと知った。これが、僕にとって、一番辛いことなんじゃないかと、この1年で気がついた。そして、この10年は、もう2度と帰ってこないものだった。それに気がついたとき、愕然とした。

 本当の僕は、どこに行ってしまっていたのか。文字通り、自分を見失ってしまっていた。

 新型ウイルスがもたらした自粛期間は、そんな自分と向き合わざるを得ない期間だった。誰のために、何のために僕は、それほどまでに感情を押し殺してきたのだろう。誰かが作ったルールを盲目的に信じ込んできたのは、何を守るためだろう。一番大切にしてあげなきゃいけない自分を蔑ろにして、いや、むしろ痛めつけて、僕はどこへ行きたかったんだろう。完全に、目的地を見失ってしまっていた。

 誰かを大切にしたくてもできなかった。自分が良いと思ってしていることが、誰かにとって不快になっていることにすら、気づいていなかった。そして僕は、人を無意識に蔑んでいた。自身の足りなさを、誰かを否定することで解消しようとしていたのだ。

 活動の場も失い、僕の中の裸の王様は完全に露呈された。すべきことも、できることも、何一つなかった。グループに依存し、組織に頼りきり、個人では、何も持ってはいなかった。

 それを、認識するまでが辛かった。自分の行動が起こす影響を理解することができず、ただただ、うまくいかない日々を見つめ続けた。精神的に、かなり辛い作業で、その影響は、ついに肉体に訪れた。ある日、涙が止まらなくなってしまい、何時間も泣き続けた。ひとり、ベランダで、寒さも気にせずに、立ち上がることもできず、ただただ悲しかった。そうして、ようやく実感を伴い気付くことができた。「僕は、この10年間を無駄にしてきた」。その事実にようやく気づいたとき、身体中の力は抜け、ヒヤリとしたものが首から背中にかけて抜けていった。自分の自信の源であったもの、生きてきた証のようなものが、実は全て、間違っていたとしたら…。その事実は、抱え切れるものではなく、涙どころか、気力を失ってしまった。生きている意味が分からなくなり、明日を迎える意味が分からなくなった。すべてのものにモチベーションが湧いてこず、生きる気力ですら、使い切ったように感じてしまった。

 全身、脱力してしまった僕は、その場でじっと体を丸めていた。夜になるとまだ肌寒い空気の中、薄く風が通り抜ける。うずくまった僕は、薄く目を開け、自分の存在がそこにあるかどうかをゆっくりと確認した。指をゆっくりと動かし、所在なげな手のひらを確認してみる。そして、一つの考えが浮かんできた。ただ一つのことに集中してみよう、とぼんやりと浮かんできた。「大切にしたい人を大切にする」。世界を救うわけでも、過去を引き継ぎ、未来につなぐわけでもない。ただ自分が大切だと思うことを、丁寧に取り扱い、全力でできることをするだけなのだ。その時は、先のことが全く考えられなかったので、日々、1日を精一杯、行動で思いを示すことだけをした。

 そうしていくと、自然と活動のペースが落ちた。この期間の前に比べると、あまりに多くのことに触れられないでいる。数々ある可能性だって取りこぼしているかもしれない。しかし、本来の僕にできる量が、それだけだった。1日にできることといったら、せいぜい2~3個。流れ作業にならないように、気持ちを込めて取り組む。また、以前の自分のようなやり方にならないよう、常にチェックし、自らを批判の目で見つめながら。少しだけ、でも丁寧に取り組んでいった。

 これまで組み上げてしまった自分を、解体するところからはじめ、まっさらに近いキャンバスまで戻った後、本当になりたい自分を描きなおしていった。鉛筆の細い線を、一本一本大切にひいているかのようだった。薄く、か弱い線。だけれど、今までとは確実に違う線。失敗もするけれど、「決して諦めないこと」、「投げ出さないこと」だけを、自分のルールにした。自分から投げ出すことは、もうしない。残り、1つしかやることがない僕は、このことを投げ出すことは、何を意味するかをわかっていたから。蜘蛛の糸を、自ら手放すことだけは、いやだった。

 そして気づいた。「いやだ」ということを、初めて「いやだ」のままで貫いている自分がいた。誰かにとってはマイナスな行動かもしれないけれど、僕には、「いやだ」を止めることのできる理由なんて一つも存在しなかった。「いやだ」という気持ちだけを頼りに、自分と、目の前のことに集中していった。

 一つ一つに丁寧に取り組んでいくと、自然と身の回りのことに集中していった。また、今まで興味を持っていたが手を出していなかったことや、バケット・リストを思い出すことがあった。新しいことへの挑戦を、してみたくなったのだ。

 これまでの自分とは大きく変化したことを楽しめるようになった。新しいファッションに挑戦したり、これまで長年やってみたかったことをやってみると意外に拍子抜けするようなこともあった。「なんで今までやってこなかったんだろう」と素直に思え、知らない間に作っていた障壁は、自分が生み出した壁だったのかもしれないと思った。

 今は、新たな自分に出会えることをとても楽しんでいるし、そこから生まれる新たな可能性に胸を躍らせている。 

★#21に続く

■小林直己
千葉県出身。幼少の頃より音楽に触れ、17歳からダンスをはじめる。
現在では、EXILE、三代目 J SOUL BROTHERSの2つのグループを兼任しながら、表現の幅を広げ、Netflixオリジナル映画『アースクエイクバード』に出演するなど、役者としても活動している。

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