見出し画像

スターは楽し ティルダ・スウィントン|芝山幹郎

スターは楽し_ティルダ・スウィントン(クレジット:UPI=共同)

ティルダ・スウィントン
©UPI=共同

100の顔を持つ魔物

30年ほど前のことになる。ロンドンのナイツブリッジにある小さな映画館で、私は『オルランド』(1992)を見た。ケンジントン・ロードをはさんで反対側にあった〈真珠飯店〉という小綺麗な中華料理屋は覚えているが、映画館の名があやふやだ。もしかすると、〈インペリアル・シネマ〉だったかもしれない。

そこで見た『オルランド』が記憶に残りつづけている。映画の主人公は400年の時空を超えて生きる。16世紀の英国に生まれたハンサムな青年が女王エリザベス1世の寵愛を受け、領地や身分を永久に保証されるのだ。ただし、女王は条件を付け加える。「衰えてはならぬ。老いてはならぬ」

言葉に従って、オルランドは若さと美貌を保つ。恋に落ち、詩を書き、東方の遠国へ旅立ち、1週間近い眠りから眼覚めるたびに時代が飛ぶ。ときには、性別さえも変わる。女になったオルランドは、姿見に裸身を映してつぶやく。「前と同じ。性が変わっただけだ」

そんな主人公を演じたのが、当時30歳を出たばかりのティルダ・スウィントンである。180センチの長身。小さな顔。思慮深い光を宿した眼。デレク・ジャーマン監督の作品で容姿は知っていたが、このときの存在感は別格だった。

両性具有とは、男女の中間的な存在などではない。性の境界を軽々と超え、ふたつの領域を楽々と往来する存在を指すのだ。紋切型の理屈に聞こえるだろうが、スウィントンが心身を傾けると、説得力が俄然高まる。容姿や声に筋金が入っているというか、ありがちな空論など一蹴してしまうリアリティが出現するのだ。

ここから先は

1,179字
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください