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ナルシシズムと自己肯定感|中野信子「脳と美意識」

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※本連載は第29回です。最初から読む方はこちら。

 この人はナルシシスト(ナルシスト)なんだろうな、という人を誰しも身の回りに一人くらいは見たことがあるだろう。実際の容姿がどうあれ、自分のことを美しいと信じていて、自己陶酔的であり、時には自分自身に恋をしたりもする、という状態にある人のことをいう。

 ナルシシストは、自分への自信に満ち溢れているようである。自己愛性パーソナリティ障害とナルシシズムは同じであるとされることもある。自分以外の優位性を認めることが困難で、権威的であり、権利意識に敏感。恥の意識を持たず、自画自賛を繰り返すという特徴もある。

 傍から見ていて、自分がそうなりたいかどうかはさておき、ここまで自分のことを好きになれるというのはちょっとうらやましいな、と感じる人もいるかもしれない。

 が、しかし近年、ナルシシストは慢性的なストレス状態に置かれているということがミシガン大学の研究チームによる調査で明らかになった。さらに、そうでない人と比べて、病気にかかりやすいということもわかった。

 この研究では、100人を超える被験者に対してあらかじめ性格検査をし、そのうえで唾液の中のストレスホルモンの値を測定しているのだが、ナルシシストの度合いの高い人ほど、ストレスホルモンの価も高くなっていたのだ。ただし、この傾向は男性においてのみ見られ、女性の場合はナルシシストの度合いとストレスホルモンの値には特に関係がなかった。研究チームは、女性よりも男性のほうが社会的地位によるプレッシャーを受けやすく、他者と比べられて自信を喪失しやすいからではないかという趣旨の見解を述べている。

 こうしたナルシシストの研究が存在する一方で、自己肯定感を高めたい、あるいは高めよう、という話もよく見かける。東京都教育委員会では、自己肯定感について、自己に対する評価を行う際に、自分の良さを肯定的に認める感情と定義している。

 周囲の人からやや疎まれがちなナルシシズムと、どちらかといえば好意をもって受け止められることの多いようである高い自己肯定感とは、どこがどう違うのだろうか。

 精神分析医のサンディ・ホチキスはナルシシストの傾向として、いくつかの特徴を抽出している。注目したいのは「Arrogance(傲慢)」「Envy(妬み)」「Sense of entitlement(権利意識)」として列挙されている性質である。

 これらは、他者の失敗をあら捜しして自分の存在を再確認したり、他の存在や業績を矮小化しようとしたり、自分だけが特別扱いされるべきであると根拠なく信じているためにそういう扱いが受けられないだけで傷ついて怒り出したりするという行動や反応として現れる。つまり、自己に対する愛が過剰であるように見えても、それは非常に脆弱な基盤の上に築かれたものであり、ナルシシストは実に容易に傷つけられてしまうということになる。

 対照的に自己肯定感の高い人では、自分の存在を再確認するために他者の存在を貶める行動を取るという報告はされていない。むしろ他者の存在を必要とすることなく自己を肯定的に認めることができる、というのが特徴といえるだろう。

 自己を愛するといっても、誰かと比べずにはそうできないのと、比べることなしにできるのとでは、周囲にいる者とのコミュニケーションの様式はずいぶん変わってくるだろう。ナルシシストが見ている自己の美しさは、何かとの比較なしには認知できないものだ。そこへ、圧倒的な美しさを持った者が現れてしまえば、この人は不幸だ。確かに、ストレスの多い人生になるだろう。その相手を貶めることばかりを考え、見せかけだけでも自分を何とか一番にしようとして、建設的な努力は何もできない時代を長く過ごすことになってしまうかもしれない。比較することなく自己の美を認めることが可能なら、これほど自分にとって力と態度の余裕をもたらすものもないだろう。さらにいえば、その余裕こそが自分をそのままの姿でさらに輝かせるものともなる。

(連載第29回)
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■中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者。東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。17年、著書『サイコパス』(文春新書)がベストセラーに。他の著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)など。※この連載は隔週土曜日に配信します。
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