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スウェーデン少女の涙欧州より押し寄せる「環境圧力」の大波

文・大泉陽一(欧州住友商事シニアアナリスト)

 2015年、気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で、2020年以降の温暖化対策の枠組みとなる「パリ協定」が採択された。パリ協定では、世界の平均気温の上昇を産業革命前の1.5〜2℃までに抑えることを目標にしている。

 現在、気候変動対策で国際社会をリードしているのはEUである。欧州委員会の次期委員長フォンデアライエン氏は、気候変動対策を最優先課題の1つに定め、2050年までにEU域内の温室効果ガス排出を実質ゼロにするという野心的な目標を目指すと示唆している。

 その背景には、欧州議会における緑の党の躍進がある。2019年5月の欧州議会選挙で2大会派が過半数を失った一方、リベラル派や、緑の党が議席を増やし、無視できない存在となっているのだ。緑の党は、特にドイツで支持を伸ばしており、世論調査で一時、2大政党を抜き首位に立っている。

 そのドイツでは政府が脱炭素を目指す方針を示した。国内電力の約1/3を石炭火力発電に依存し、国内には84基の石炭火力発電所があるが、これらすべてを2038年までに閉鎖するというのだ。この方針は、石炭依存度が高い他のEU諸国への圧力となり、脱炭素化の動きが強まることとなるだろう。

 緑の党の躍進を後押ししているのは35歳以下の若年層だ。いま欧州では気候変動対策を訴える環境デモが、若者の間で一種のブームとなっている。そのきっかけを作ったのは、国連の気候行動サミットで涙ながらに演説し、日本でも注目された高校生の環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんだ。

 彼女は、2018年8月、スウェーデン議会前で気候変動への取り組みを訴えるため1人で学校を休んで抗議をし、一躍、時の人となった。その抗議運動はSNSを通して拡散され、彼女に共感してデモに参加する若者が、欧州のみならず、世界各地で増加している。

 EUで環境意識が高まるなか、環境団体の抗議の対象は政府だけでなく、企業にもおよんでいる。イギリスの大手石油会社BPは、石油開発の停止を求めるデモ隊によって本社の入り口が封鎖された。

 また、BPの株主総会では、機関投資家から、パリ協定に対応した企業戦略の策定を迫る決議案が提出され、それが可決された。これを受けてBP幹部は、炭素排出量が最も多いプロジェクトからの撤退や石油プロジェクトの一部を売却する計画を検討している。

 こうした企業の動きの背景には、気候変動問題が健康問題と結びついていることもある。化石燃料の燃焼は、温暖化だけでなく大気汚染の原因となっている。欧州は、環境先進国として知られているが、一部の国でPM2.5が冬場に中国並みの水準になるように、大気汚染が問題となっている。2019年3月に発表された論文によると、大気汚染が原因の早期死亡者数は全世界で年間880万人だが、欧州でも79万人(うちEU28カ国は65万9,000人)に上る。大気汚染物質の大半は化石燃料の燃焼に由来しており、エネルギー源を早急に切り替えるよう迫られている。

 大気汚染を招く企業活動は、パリ協定に反するだけでなく、早期死亡を引き起こす要因となり、企業にとってはレピュテーションリスクになりかねない。欧州の主要銀行や保険大手会社は、すでに石炭関連投資をやめる方針を示している。また欧州投資銀行(EIB)も、パリ協定に沿った気候変動目標に合わせるため、化石燃料関連事業向け新規融資を2020年末以降やめる方針を公表している。

 気候変動問題はEU内だけでなく、G7やG20の主要議題の1つとなっており、その主要メンバーである日本にも環境問題の波が押し寄せている。それは「環境圧力」といってもいいほどの勢いだ。

 国内外のNGO団体が、2019年4月、英国のフィナンシャル・タイムズ(FT)紙に、全面意見広告を掲載。安倍首相に対して、速やかな脱石炭を約束することで、真のリーダーシップを示すように訴えた。安倍首相が2018年、同紙で「地球を救うために日本とともに行動しよう」と呼び掛けたのに対し、日本の行動は矛盾があるとの非難である。

 NGO団体が抗議しているのは日本政府だけではない。2019年5月に同じFT紙で、日本の3大金融機関に対し、石炭火力発電への資金提供を止めるよう求める全面意見広告を掲載した。

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